まず佇(たたず)まいを眺め、触れる。サイズと重量、縦横比と厚み、表紙の色と手触り、本文紙、小口の様子、開きやすさ。嫌なところがひとつもない、物として美しい本だ。
菅木志雄は、1960年代に生まれた芸術運動、「もの派」の流れを汲(く)むとされる作家だ。非常にコンセプチュアルだったという運動の概要や菅の作品は、ある程度ならネットで閲覧できる。けれども、作品が生まれる経緯や背景を知りたいなら、おそらく本書を読むのがよい。オレンジのナトリウム灯に照らされたトンネルの、灰色の景色を彷彿(ほうふつ)とさせるこの本には、一人の美術作家が40年書き溜(た)めた思考が詰まっている。重たいのに浮遊感のある読み心地。本を閉じるときには文字通り、長いトンネルを抜けたような気分になるだろう。
ところどころ解読できない手書きの文章は、ざっくり並ぶスケッチ同様、造形そのものが目を引く。美術を真面目に語る箇所でわたし自身のノートを思い、多少くすぐったくなる。見せるためではなく紡がれた美術作家の絵と言葉を、読むと眺めるのあいだをたゆたいながら堪能してほしい。=朝日新聞2023年7月15日掲載