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ザ・キャビンカンパニー「ゆうやけにとけていく」インタビュー 人の心にそっと寄り添える絵本を

『ゆうやけにとけていく』(小学館)より

大切なひとに寄り添いたくて

――「かぜがふき、すべてのものを きんいろに そめていく」「くうきが ひんやりとなって、においが かわっていく」――。夕暮れの気配に耳を澄ませたくなります。構想はいつ頃?

吉岡:全国的に新型コロナの感染症が広まった2020年頃からです。周囲もみんな怖がっていたし私たちも大分市内のスーパーに買い物に行くのもビクビクして……。人間界は大騒ぎだったけど自然界はいつもと同じ。本当に美しい春でした。

阿部:右往左往する人間と、生き生きした自然が対照的で。市内の自宅から廃校のあるアトリエまで車で走ると、道なりに菜の花が咲いていました。

吉岡:どこにも行けないし、保育園の娘とずっとアトリエにいるから、校庭や森でテントを張ったりしながら空を見ることも多くて。

阿部:山にゆーっくり雲が引っかかる様子を眺めたり……。あのとき目に飛び込んできた自然の美しさがこの絵本には入り込んでいると思います。

カバーを外すと、違う絵の表紙が現れます。ブックデザインは名久井直子さん

――これまでのザ・キャビンカンパニーの賑やかな魅力とは、ひと味違った静けさがありますね。

阿部:あの頃は閉塞感と、終息が見えない感染症という絶望を身近に感じる時期でした。そんな中で幼なじみの友人が病気になり、亡くなりました。コロナの流行期に入ってすぐ病気がわかったのですが、病室にもなかなかお見舞いに行けない、パソコンやスマートフォンの画面越しに声をかけることが精一杯。亡くなったときは自分自身も半分なくなってしまったような喪失感でした。闘病中、大変な中でも前を向いている本人やご家族に何か手渡したいと思ったとき、これまで自分たちが描いてきた絵本を見渡しても、その中に「寄り添える絵本」が見当たらなくて……。

吉岡:それで「寄り添う絵本が欲しい」と言われて。「じゃあ夕焼けの絵本はどう? 夕方の空はすごくきれいだから」と提案しました。

阿部:そういえば朝や夜をテーマにした絵本はよくあるけれど、夕方をテーマにした絵本ってあまりないような気がする。どこか幻想的で、僕らの絵にも合っているかもしれないと思いました。

吉岡:例えばデビュー作の『だいおういかのいかたろう』(鈴木出版)でもイカダンスして笑って元気になってくれる人もいるかもしれない。でも本当に深い悲しみに沈んでいる人には強すぎますよね。「がんばれ、がんばれ」と励ますのではなく……そっと静かに寄り添いたいと思ったのです。

美しい時間を詩的な絵本に

――夕焼けの美しさと詩的な言葉のリズムに心を打たれます。

吉岡:夕方ってさみしくもあるけれど、実はすごく美しい時間帯ですよね。みんな日々生きることに忙しくて素通りしてしまうけど、絵本を手にとると「夕焼けってこんなに美しい時間だったんだ」と思えるかもしれない。

 描く前は2人でいろんな夕焼けの詩をたくさん読みました。夕焼けの詩ってなんともいえないいい詩がいっぱいあって。金子みすゞさんの詩「石ころ」に出てくる「田舎のみちの石ころは、赤い夕日にけろりかん」の言葉「けろりかん」っていう言葉もおもしろいんですよ。

阿部:吉野弘さんの「夕焼け」、堀口大學さんの「夕ぐれの時はよい時」もいい詩だったね。この本はどのページから読んでもらってもいい。一つひとつの場面や絵、言葉から、いろんなものが想起される、詩的な絵本になっているといいなと思っています。

――空や雲がさまざまな色彩で描かれていますね。

阿部:夕日が沈んでいく「一日」を描いているストーリーのように見えるかもしれないけど実はそれぞれ別の日です。冒頭、金色の麦畑のページで、豆絞りの手ぬぐいを姐さんかぶりにした人のお腹には赤ちゃんがいるんですが、誕生の春から、夏・秋・冬へと移っていくのです。

吉岡:実は麦畑の2人のポーズは、ミレーの夕方の絵画「晩鐘」を日本人にした感じです(笑)。麦畑脇に、白い軽トラックが止まっていて。アトリエがあるうちの田代地区の風景そのもの。プールの場面は、私たちの大分での子ども時代、夕方のプールで感じたひんやりした空気を描きました。子どもが畳に寝転ぶ向こうは夏の入道雲。足元にゲーム機も転がっています。古い家だけど、今の時代の子です。

『ゆうやけにとけていく』(小学館)より

阿部:お母さんと子どもが手をつなぐ秋の夕方はひつじ雲、うろこ雲ですね。「ジャングルジムのてっぺんで あのこがバンザイをしている」は台風が近づく頃の真っ赤な畝雲(うねぐも)です。

吉岡:ひとりぼっちの、ふくれっつらの女の子がコツーンと小石を蹴飛ばす姿は、肌寒くなりもうすぐ冬服に変わるという季節を描いています。

生活風景の気配

――「ゆうひどりがないている とおくででんしゃがはしっている」「かあんかあん ひちちちちちち」 鳥や虫の声が聞こえてきそうです。

『ゆうやけにとけていく』(小学館)より

阿部:夕焼けってどこからか音がするじゃないですか。不思議な音がして、なんの音だろうって思う。「ゆうひどり」は僕たちが作った造語なんですけど。

吉岡:すりむいた膝の傷をおさえながら、女の子が湯気のたつお風呂に浸かっている場面がありますが、あれはまさに転んだ日の娘が夜にお風呂でしている仕草そのものです。裏表紙にシュロの木を描いたり、大分の地元の生活が自然に描きこまれているかもしれません。

阿部:暖炉に火が入る晩秋、雪が積もる冬……。最後はまだ冬の夜で、だから山に雪が残っているんです。

吉岡:「もうすぐ春がまた来るよ」と。

――高台から街を見下ろす風景は、どこかモデルになっている場所がありますか。

阿部:大分市美術館からの景色なんですよ。大分市内を一望できる丘で、遠くに別府湾が見えます。

吉岡:真冬、丘で風に煽られながらずっとスケッチしていたよね。

阿部:すごく寒かったですよ(笑)。大分はあまり雪が降らないので、山々の雪の峰は他県のアルプスのイメージと混ざっているけど。それ以外、この構図はまさに大分の丘からの景色そのものです。定点で3画面連続する手法を『がっこうにまにあわない』(あかね書房)の電車のシーンでもやってみましたが、時間の経過がわかる絵本ならではの魅力がありますね。ずっと夕焼けの中に残っていたオレンジ色が、最後は星になって夜空に溶け込みました。

星空という“希望”をプレゼントに

――星空で終わることへの思いは?

阿部:「日がだんだん沈んでいく」のは人生そのもののようです。人間は、生まれていつか死んでしまうけど、その中で嬉しいことがあったり悲しいことがあったりするのはみんな一緒だと思う。『ゆうやけにとけていく』には、人生そのものをまるごと肯定したいという思いを込めています。だからこそ朝は来ないまま終わりにしました。

吉岡:朝は来ないまま、この星空を“希望”として、読む人にプレゼントしたかったんです。

阿部:絶望しているときは、朝日がのぼって「がんばろう」とまで心が向かっていけないときがあると思うんですよね。世の中で今そういう瞬間にいる人に向けた絵本になっていればいいなあと思います。

『ゆうやけにとけていく』(小学館)より

吉岡:例えばうちの娘も小学1年生になって環境が変わって、朝が来るのがいや、学校に行きたくない、と夜中に泣くこともあった。でも「夕方になって明日が来る」って「いいこと」と思えるようにしたかったのです。いやだなという気持ちや悲しみも包み込むような、そういう気持ちをもっている人にも届いたらいいなと思いました。

ふたりで作家になっていった

――2人で一緒に絵本のテキストを練り、絵を描き上げられるのがすごいですね。

吉岡:大学で出会ってほぼまったく同じ時期に絵を描き始めたんですよね。「絵の具ってどこで買うんだろう?」というときから、2人で相談しながら画風を模索し、だんだん作家になっていきました。ただ好きな絵本作家は共通していて、荒井良二さんや長新太さん、武井武雄さんの絵本を「いいよね」と話していました。

阿部:高校まで2人ともスポーツをやっていて、それまで絵を描いたことがなかったんですよ。あとは2人とも結構古い作家が好きで……太宰治や三島由紀夫といった近代の小説を読んでいる。宮沢賢治も好きで擬音語の表現には影響を受けているので、そんなところで気が合ったのかもしれないですね。

(写真左から)ザ・キャビンカンパニーの阿部健太朗さん、吉岡紗希さん

――沈んでいくおひさまにうっすら顔が描かれています。

阿部:この顔が難しくて何度も描きなおしました。太陽にばかり目が行かないように。

吉岡:温もりのあるでっかい顔だけど、強すぎずやわらかく鉛筆で消えそうな顔で描きたかったんです。私も子どもの頃に読んだロシア民話の『おだんごぱん』(福音館書店)や、エリック・カールの『パパ、お月さまとって!』(偕成社)のかすかに描かれた顔に、強烈な印象が残っているので。あのかすかな顔を描きたかったです。子どもたちが見たときにあったかい感じがしたらいいなと思いました。

自然のすごい力を感じながら描いている

――これまで大分で39冊の絵本を描いてきました。

阿部:田代地区の廃校をアトリエにさせてもらったのは、制作のために広い場所が必要という、具体的な理由が先でした。でも僕らがアトリエを借りて15年の間に、150人いた集落は70人を切っています。地元のおばあちゃん・おじいちゃんはここの小学校出身だからみんな学校が廃校になったことをさみしがっていて、当初は定期的に小学生を呼んでイベントをするなど、いろんな活動をしていたんですが。

廃校になった小学校をアトリエに

吉岡:広いグランドも地元の方たちが手入れをしたりしてくれています。でもイベント開催初期から尽力してくださっていた方が亡くなり、イベントの時に竹で水鉄砲を作っていた方も亡くなって。私たちも35歳になり、20代の頃より身近な人が亡くなるという経験を重ねるようになりました。人がいなくなるということを目の当たりにしています。

 都会では、人間が住むために自然を破壊して住宅地を作るといったストーリーがありますよね。でもここでは油断すると森に飲み込まれていく感覚があるんです。管理する人がいなくなった田んぼも、廃校のグランドも、あっという間にジャングルになる……。

阿部:植物の力はすごいんですよね。人工物がどんどん自然に潰されていきます。今はシカやイノシシもどんどん出てきています。10年、20年経ったとき、みんないなくなったら、ここはどうなるんだろう。「自然に飲み込まれる」という切迫感を日々ひしひしと感じています。

 同じような過疎地域、日本じゅうにいっぱいありますよね。僕ら2人では過疎化を止めることはできないけど、こうやって間近で見ていれば何か伝えられること、残せることもあるんじゃないか。ここにはまだ僕らのいる意味が多分あるんじゃないかと思っています。

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