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今日マチ子さん「かみまち」インタビュー 家に帰れない少女たちの不安と絶望に向き合う

今日マチ子『かみまち』(上・下、集英社)

想像以上に「子ども」、突き放さずに

――「かみまち」の主人公は、親の過干渉や性的虐待、ネグレクト、貧困などさまざまな理由から家に居場所がない少女たちです。一晩の宿を提供してくれる「神」を待つ少女たちを描こうと思ったのはどうしてだったんですか。

 最初は編集の方が「神待ち少女って知ってる?」とくださったテーマなんです。私自身は、ネットカフェを泊まり歩いて家に帰らない子たちがいるということをニュースなどでなんとなく見聞きしたことがあるくらいでした。それで編集者のツテをたどって、実際の「神待ち」経験者の方々にお話を聞きにいきました。そのお話が、自分の中でもすごくショックが大きかったんです。

――どんなお話だったんでしょうか。

 元・神待ち少女でもあり、今は神待ち少女たちのお世話をしている方々に、色んなケースについて聞かせていただいたんですね。それまで私はちょっと冷めた見方をしていて、中高生になればある程度自分のことは自分で考えられるはずだと思っていたんです。ところが、実際に話を聞いてみると、彼女たちは思っていたよりずっと子どもで、とにかく家に帰れないから外に出ているんだっていうことがよくわかったんですよ。大人が彼女たちに対して「中学生だからもうわかるでしょう」みたいな形で突き放すのは違う、ダメだと痛感しました。

©今日マチ子/集英社

――主人公のウカは、まさに年齢の割に幼い女の子として描かれていますね。

 ウカの場合は、母親に全てを管理されているので、なかなか自分で考えたり行動したりできない子になってしまっていたんですね。だから名門高校に通っていて勉強はできたとしても、中身はまだ小学生ぐらいの感じです。

――ウカに神待ちのやり方を教えてくれるのが、同じ家出少女のナギサ。彼女は、性的虐待のために家に帰れなくなった女の子です。

 ナギサについては実際のお話を聞いた中からできていった部分も大きいキャラクターです。本来もっと社会でリーダーシップを発揮できたはずなのに、ある出来事によってもう完全に違う道に落とされてしまう。強いけど、すごく悲しいんです。でもこの物語の中で女の子たちを引っ張っていったのはナギサで、私はそのことをとても評価してるんですけど。

性被害は人を殺す、「神曲」がモチーフに

――「かみまち」では、世界の中に居場所がない恐怖や不安がひしひしと迫ります。家から出た少女たちを取り巻く危険の一つとして、性暴力についても大きく描かれていますが、描きながらどのようなことを意識されましたか。

 亡くなってしまった方たちのお話なども聞いたのですが、描きながらずっと実感していたのは、性暴力は本当に人を殺すってことです。これは絶対許してはいけないんだっていうことをかなり意識して描きましたね。取材をするまでは、自分自身も認識が甘かったと思います。

――ナギサが自分を人間ではなく、泥のつまった袋のように感じているという描写が刺さりました。

 ナギサがウカの学校を訪ねて、別の人生を想像しながらも、学校にいる女の子たちと自分は違うって思ってしまうシーンは、私もすごくつらくて、ずっと心に残っています。ナギサ編は描くのが本当にしんどくて、私自身が眠れなくなってしまったんです。ちょうどその頃コロナ禍に入ったこともあり、どんどん鬱になってしまって。そこでお休みをいただいて作品を一度客観視することで、なんとか乗り切りました。

©今日マチ子/集英社

――それくらい作品に入り込まれていたのですね。少女たちの心象風景として、何度も描かれる逆さの円錐のイメージも強烈でした。「ふみはずしたら永遠に滑り落ちていく」不安と絶望の感覚に、打ちのめされて。この円錐のイメージはどういう風に思いつかれたんですか。

「かみまち」は、モチーフをダンテの「神曲」から取っているんです。ダンテが考えた天国と地獄の地図みたいなものがあって、それが逆さ円錐の形なんですよ。自分もフリーランスなので、何か1回失敗したらもう落ちて上がれないみたいな恐怖はすごくわかるなと思って、あの円錐のイメージを使ってます。

――「神曲」とは、想像もしていませんでした。

 気がついたらすごいです(笑)。「神曲」のおおまかなお話の流れは、主人公のダンテが、憧れの大詩人のウェルギリウスっていう人に連れられて地獄と天国巡りをするっていうものなんですね。「かみまち」は、ダンテの役割を主人公のウカ、ウェルギリウスをナギサに置き換えて、2人で地獄めぐりをしていくっていうイメージから始まっています。

――他にも「神曲」とのつながりはありますか。

 ギュスターヴ・ドレという画家が後に「神曲」の挿絵を描いてるんですが、単行本のカバーは上下巻ともにドレが描いた絵をオマージュした構図にしています。そのほかにも「かみまち」の中で結構ちょこちょこイメージを使っているので、重たいストーリーの中でもそういった部分を楽しんでいただけたら。

©今日マチ子/集英社

そばにいるのに見えなくなる怖さ

――過干渉なウカの母や、放任のアゲハの母など「かみまち」では母たちも存在感があります。母娘関係についてはどんな思いをもって描かれましたか。

 母娘の物語は娘が主人公になる場合が多いんですけど、読む側としてはどっちでもありえますよね。母でもあり、娘でもある。私はウカの母親にも自分を投影して描いているんです。私、自分に対してブチ切れてる時とかこういう顔をしてるなって(笑)。

――えっ。

 私は自分に対するダメ出しがすごく多いので。素の自分を認めきれてないのかもしれないんですけど、理想との差に「なんでできないんだー! うわー!」ってなりやすい。そういう時の感情をウカと母親に分離させて描いてますね。

©今日マチ子/集英社

――確かに「かみまち」の母親たちには、色々間違っているけれど、その間違いは自分もどこかでやってしまうことがあるんじゃないかと思わせる部分があります。

 子役として活躍したアゲハのお母さんも、多分自分のことをサバサバしたいいお母さんだと思ってるんですよ。ナチュラルに娘を「バカ」とか「頭が悪いから」と言って洗脳してしまっているけど、そのために娘が傷ついていることに気づけていない。悪いことをしている意識もないでしょうね。

――すごくそばにいるのに、見えていない怖さですね。

 渦中にはまり込んでしまうといろんな方法が見えなくなっていくというのも、この作品で描きたかったことなんです。ウカのエピソードとして描いたんですけど、持っているスマホで救急車を呼べるのに、救急車に連絡したらお母さんが来ちゃうからダメだと。みんながスマホを持っているのに、誰もそれを使って外に連絡しようとしないっていう不思議な事態に陥っている。家に帰りたくないっていう基本条件にフォーカスして、視野がどんどん狭まっていくんですよね。

――SOSの出し方はいろいろあるはずなのに、選択肢が見えなくなっている。ある意味では不条理だからこそ、逃げ場のない恐怖がありますね。

今、起きている問題を描く

――今日さんはこれまでにも、沖縄のひめゆり学徒隊に着想を得た「COCOON」など、過酷な時代・社会状況を取り上げています。「かみまち」ではこれまでの作品とご自身にとって違う部分はありましたか。

 今まで描いてきたテーマは、第2次世界大戦だったり、昔のことが多かったんですね。東日本大震災をモチーフにした「みつあみの神様」でもメルヘンチックな設定に置き換えていましたし。だから「かみまち」では、今、起きている問題を、それなりのボリュームをもってしっかりと描こうと思っていました。

――ウカ(羽化)、ナギサ(さなぎ)、アゲハ、ヨウ(幼虫)。「かみまち」の少女たちは蝶々からインスパイアされた名前をもっていますね。

 ああ、それは「COCOON」からのつながりですね。「COCOON」は一冊で駆け抜けていくような物語だったので、「かみまち」で主人公とその友人、家族関係を、もう一度じっくり描きなおしてみようと考えました。だからキャラクターの名前も「COCOON」=繭からの連想で、蝶々のイメージにして。走って逃げるシーンはどちらの作品にも共通しています。

©今日マチ子/集英社

――2作は姉妹編のような形でつながっているんですね。

 そうですね。ただ、今回の方がつらくなってしまったのですが。
私はしんどい作品ばかり描いていて、あんまり読者のことを喜ばせようとしてない作家みたいに思われているかもしれないんですけど、でもやっぱりこの話を知ってほしいと思うんですよね。すごく難しいんですよ。エンタメにしちゃいけないことかもしれないけど、マンガはエンタメなので。そして私にはマンガでしかお伝えできないんですけど、でも何かここからできることはあるんじゃないかと思って描いています。だからラストには、負った傷が大きくても、幸せになってほしいという思いをこめたつもりです。

――しんどいと仰りながらもこの作品を描く原動力は、どこにありましたか。

 これはもう、やっぱり、話を聞いてしまったっていうことが大きかったです。取材という形ではありますが、誰かのつらい話を聞いてしまった。そこに尽きるというか。もし自分の頭の中だけで考えた物語だったら、きついからやめようと諦める描写もあったかもしれませんが、話をしてくれた人がいる。その人もつらさを超えて何か伝えたいと思って私に教えてくれたんだから、その思いを無駄にはしたくなかったんですね。ちゃんと描かなければいけないと思っていました。

――これから本作を読む人たちに向けて、メッセージをお願いします。

「かみまち」はフィクションなんですけど、半分は実際の出来事を元にしています。おそらく今もつらい思いをしている人がいると思うんですね。彼女たちが必要としていることや感じていることについて、みんなそれぞれがちょっとずつでも考えていただけたらいいなと思ってます。