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「データにのまれる経済学」書評 理屈と現実の間で揺れ動く学問

評者: 神林龍 / 朝⽇新聞掲載:2023年08月19日
データにのまれる経済学 薄れゆく理論信仰 著者:前田 裕之 出版社:日本評論社 ジャンル:経済

ISBN: 9784535540385
発売⽇: 2023/06/26
サイズ: 19cm/328,14p

「データにのまれる経済学」 [著]前田裕之

 もともと経済や社会の仕組みを探求する経済学には、その理論を検証するデータが不足していた。ある地域の経済の活発さという基本的な情報でさえ簡単に手に入らない状況では、研究は理論モデルの考察に偏る。英語が不得手な非英語圏研究者が活躍できるのは、数学を駆使する分野にさらに偏る。「理論家ニ非(アラ)ザレバ経済学者(ヒト)ニ非ズ」という「理論信仰」は、こと日本では極端に強かった。それが最近大きく転換しており、本書を読むとその変わりようを実感できる。
 本書が類書と異なるのは、研究者ではなくライターが執筆している点だ。日本では研究者と一般をつなぐ層がどの分野でも薄い。必然的に、研究者が執筆した解説書が増え、自らがかかわる分野の紹介が多くなる。本書は、研究と一定の距離をとるが、十分に取材したうえで執筆されており、より広い視野で最近の経済学の動向を学べる稀有(けう)な存在だ。
 とくに、データから「因果関係」を読み取る方法が研究の本場欧米で急速に普及した様子が詳しい。被験者を集めた実験室内実験だけではなく、現実の生活への介入実験が違和感なく使われるようになった。こうして実証された理論モデルを用い、国家の政策や会社の戦略、人々の生活を望ましい状態に導けるという考え方が拡(ひろ)がってきた。このとき著者は、欧米の事情を紹介するだけではなく、日本社会での受容のされ方まで目を配る。その結果、データ重視へ舵(かじ)を切り、諸政策へ貢献しようとしている経済学のあり方が、無条件で礼賛されているわけではないのも本書の特徴だ。
 理屈と現実のバランスという問題は、今や自然科学や社会科学だけではなく歴史学や考古学など人文科学にとっても不可欠な論点だ。本書を単なる経済学の内輪事情としてではなく、理論とデータ(現実)の間を揺れ動き、政策への貢献に苦悩する学問の様として読んでいただきたい。
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まえだ・ひろゆき 学習院大客員研究員。日経新聞記者を経て独立。著書に『ドキュメント銀行』など。