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才能か努力か、現実映す将棋マンガ 綿引智也・春夏冬画楽「バンオウ-盤王-」(第139回)

 将棋界の天才・藤井聡太がついに羽生善治以来となる七冠制覇をはたした。残すタイトルは、あとひとつ。8月31日から始まる王座戦で永瀬拓矢王座に勝てば、弱冠21歳で前人未踏の「八冠完全制覇」という偉業を達成することになる。

 羽生善治が当時の全冠だった七冠を制覇したのは、今から27年前の1996年のことだった。その3年前、羽生が五冠を独占して話題を呼んだ1993年から「ビッグコミックスピリッツ」(小学館)で始まった将棋マンガが『月下の棋士』(能條純一)だ。型破りな主人公・氷室将介は伝説の棋士・御神三吉の孫。谷川浩司十七世名人をモデルにした滝川幸次名人をはじめ、大原巌(大山康晴)、刈田升三(升田幸三)、村木武雄(木村義雄)など、昭和の名棋士をモデルにしたキャラクターたちが能條純一の重厚な筆致で描かれた。プロになった将介は最短期間で順位戦を勝ち上がり、最後は第57期名人戦で宿命のライバル滝川と死闘を繰り広げる。

 現在の将棋マンガでは、マンガアプリ「少年ジャンプ+」(集英社)で連載中の『バンオウ-盤王-』(綿引智也・春夏冬画楽)が面白い。
 不老長寿の吸血鬼・月山は江戸時代に将棋と出会い、実に300年間研究を重ねてきた。決して才能があったわけではなかったが、膨大な時間を費やした研鑽によって、今ではネット将棋でプロ棋士を破るほどの棋力を持っている。人外の存在が正体を隠してネットで活躍するという構図に、『ヒカルの碁』(ほったゆみ・小畑健)を思い出す読者も多いだろう。そんな月山が愛する将棋教室がビルの老朽化で閉鎖の危機に。改装工事の資金を稼ぐため、月山は優勝賞金4400万円の「竜王戦」に出場することを決意する。

 8つあるタイトルの中でも、竜王は名人とともに別格とされるタイトルだ。6組に分かれたトーナメントには全棋士が参加し、勝ち上がった11人の本戦トーナメントによって竜王挑戦者が決まる。最も下のランクとなる6組にはアマチュアの参加枠もあり、「アマチュア竜王戦」でベスト4に入れば参加できる。確かに、アマチュアがいきなり竜王になって4400万円を得る可能性もゼロではない。もっとも、それは理論上のこと。実際には6組から竜王挑戦者になった者はいないし、6組で優勝して本線トーナメントに出場したアマチュアもいないのだが、夢があることは間違いないだろう。

 かつては奨励会で四段になるしかプロ棋士になる道はなかったが、2014年から「棋士編入試験」制度が始まり、これまでに3人のアマチュアがプロになっている。『月下の棋士』で将介に初黒星をつけた鈴本が年齢制限でプロへの道を閉ざされたのに対し、『バンオウ』では奨励会を経ずにプロを目指す塩田という人物が登場する。

 見た目に反して人情に厚く、プロ棋士をリスペクトしている月山は素直に好感が持てるキャラクターだ。藤井聡太を迎え撃つ永瀬拓矢王座は「才能のない自分がどれだけやれるか」「才能よりも努力だと証明したい」と公言する“努力の人”(と言いつつ17歳で棋士になった天才だが)であり、300年の努力で現代最高の才能に挑む月山と重なるところもある。