1. HOME
  2. 書評
  3. 「占領下の女性たち」書評 国内外で「性の防波堤」担わされ

「占領下の女性たち」書評 国内外で「性の防波堤」担わされ

評者: 藤野裕子 / 朝⽇新聞掲載:2023年08月26日
占領下の女性たち 日本と満洲の性暴力・性売買・「親密な交際」 著者:平井 和子 出版社:岩波書店 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784000616010
発売⽇: 2023/07/01
サイズ: 20cm/329p

「占領下の女性たち」 [著]平井和子 

 女性に視点を合わせると、敗戦・占領の歴史像はここまで変わる。本書は、日本人女性が直面した性暴力や性売買を中心に、この時期を描いた。
 日本人女性は国内外で、米兵やソ連兵による性暴力の被害にあった。占領する側にとって、性暴力は新たな支配関係を敗者に見せつける行為だった。日本兵もまた、中国に侵略する際には同じことをしていた。
 本書が重視するのは、一部の女性が「性の防波堤」として米兵・ソ連兵に公然と差し出されていた事実だ。「性の防波堤」を担ったのは、性売買に従事していた女性が多かった。男たちは、性を売る女性を犠牲にして、それ以外の女性を守ろうとしたのだ。
 占領軍の米兵に対しては特殊慰安施設協会(RAA)が設立され、各地に「特殊慰安所」が設置された。そこでは、一人の女性が何十人もの兵士の相手をさせられた。国外でも、満州から引き揚げる際、移民団のなかから一部の女性がソ連兵に差し出された。
 こうした事実を記しながらも、著者は一貫して、当事者である女性の声をできる限り拾い、その目線で歴史を捉えようとする。ともすれば「玉砕」や集団自決を選ぼうとした日本人男性に対し、女たちは「なんと言っても命の方が大事」と考えるなど、生きのびるための選択をし続けた。米兵相手に性売買を行う「パンパン」と呼ばれた女性たちの生活は、占領の構造的な暴力の下でも、生きのびようとする主体的な営為で満ちあふれていたという。
 本書の時代像は、GHQの改革によって新たな日本が出発するという、一般的な歴史理解とは大きく異なる。兵士には性の処理が不可欠だとする戦前の発想は、戦後も温存された。一方、女性には貞操が求められ、性暴力の被害は女性の落ち度だと見なされ続ける。近年の#MeToo運動が立ち向かったものが戦後日本に残り続けた過程を、本書は示している。
    ◇
ひらい・かずこ 1955年生まれ。一橋大客員研究員(近現代日本女性史)。著書に『日本占領とジェンダー』など。