1. HOME
  2. インタビュー
  3. えほん新定番
  4. エクトル・シエラさんの絵本「だっこして」 親子で愛し愛されることの幸せを忘れずに

エクトル・シエラさんの絵本「だっこして」 親子で愛し愛されることの幸せを忘れずに

『だっこして』(佼成出版社)より

絵本は子どもたちへの贈り物

――「だっこして、だっこして!」といつも甘えている子どものタコ。その声に応えて、母親のタコは掃除や洗濯、買い物をしていたって、いつでもどこでも子どもをだっこする。それは、足が8本もあるからだという。そんな物語が繰り広げられる『だっこして』(佼成出版社)は、旧ユーゴスラビア、コソボ自治区など世界各地の紛争を目撃してきたエクトル・シエラさんによる渾身作。どんな状況下にあっても幸せでいてほしいという子どもたちへの愛にあふれた絵本だ。

『だっこして』(佼成出版社)より

 私は、1999年にNGO「国境なきアーティストたち」の人道活動としてコソボに行って以降、東ティモールやユーゴスラビア、カフカス地方など、これまで10カ国の紛争地を訪ね、その被害者を見てきました。また9.11の世界同時多発テロの後は、ニューヨークとアフガニスタンにも行ったんです。どの地にあっても一番心配になったのは、子どもたち。戦争の時、もちろん大事なのは食べ物、飲み物、医療です。でもその次に必要なのが心のケア。そこで「子どもたちがアートをつくることができたら」と考え、私が作家としてできるのが文房具をプレゼントすることでした。そして、様々な紛争地の子どもたちとアートを作ってきましたね。

 実は大学の時、「芸術はどこまで人の心を助けることができるのか」と芸術の役割について研究していて、人間は芸術のおかげで、毎日少しずつカタルシス(精神の浄化)というプロセスを経ていることを学びました。そこで私は芸術を平和的な力の一つとして役立てようと、絵本を作るようになりました。子どもたちへ自分のメッセージを発信できる方法だと思ったからです。

「愛されたい」人間の根源的な思いを表現

――「だっこして」と子どもが母親にせがむ表現を聞いたとき、「『だっこ』と『タコ』の音がちょっと似ていると感じたんです」と笑みを浮かべながら話すシエラさん。絵本のタイトルと内容はここから発想したという。

 私は外国人ですから、おそらく日本語の発音を子どものように素直に受け止めるんですよ。「『だっこ』と『タコ』、これは面白い!」と発見しました。日本語を習得し始めたころは、とにかく言葉が新鮮でしたが、日本では、愛情表現が控えられていると思ったことがあります。逆に、私の故郷であるコロンビアでは愛情を表現し過ぎるんです。大人どうしの通常の挨拶でも3回くらいキスをすることもあります。

 一方で、小さな子どもはどうでしょう。国に関わらず、誰だってお母さんやお父さんに常に「だっこされたい」と思っているはずです。それぞれのページに同じフレーズを繰り返し使っていますが、これは親の子どもに対する愛情を表現しています。8本も足があるので愛情を控える必要はないのです(笑)。人間には足が8本もありませんが、いつでも子どもに深い愛情を伝えることはできます。私も自分の子どもができてからは、彼らを守れていることで、自己実現できていると感じています。

――「ママ! ママ! イルカのおかあさんは、こどもをだっこしないの?」と子どものタコが母親のタコに無邪気に質問する場面がある。

『だっこして』(佼成出版社)より

 子どもが好奇心を持って、しっかり周りを観察できるようになったという成長の瞬間とも言えます。このページまでは、「だっこして、だっこして」とタコの親子だけしか登場していないのですが、ここで初めて違うキャラクターが登場するんです。母親のタコは「だっこしなくても、子どもをちゃんと守っていること」を子どもに伝えます。そしてこの次の場面では、だっこのおねだりから大きな成長へと向かっていきます。ここでは絵本を読む子どもたちへ「世界を知っていこう。成長していこう」という大きな願いを込めています。

『だっこして』(佼成出版社)より

――2007年に出版された本作が、子どもたちから長く愛読される理由とは。

 もしかしたら、子どもたちが親に最も伝えたいことを端的に表したからかもしれません。「だっこして」には「Please, love me」という子どもの気持ちが込められています。タイトルにフリガナとして付けてもいいくらい。それはまた人間としての叫びだと思うのです。同時に「Do love your children, do show your children your love」という親へのメッセージでもあります。つまり、子どもに対しては「愛されなさい」、親に対しては「愛しなさい」という両方のメッセージをこの絵本の中で伝えられたらと思っています。

 絵を担当してくれた村上康成さんによる工夫が各ページにちりばめられているのも、読んでいて楽しい理由だと思います。母親のタコが絵本の読み聞かせをしている場面では、絵本のタイトルが「やまのともだち」となっているんです。他には、「OCTOPUS TIMES」という新聞があったり、「SEA FOOD」という絵本があったり……。よく見ると、細部にまでこだわって描かれています。

『だっこして』(佼成出版社)より

好奇心を大切に

――今も世界各地で戦争が続く中、子どもたちへ伝えたい思いとは。

 平和をつくる方法は妥協だと思います。

 人間どうしでも悪い事をしたら謝ることは当然ですし、相手の気持ちになって考えることも大事。でも現実には戦争が終わったときに、国と国が互いに謝ることはなかなか難しい。民族紛争は文化と文化の間の誤解からくることもあります。

 そこで大事なのは、まず好奇心です。様々なことに興味をもって体験して、そして知識を得ていってほしいと思います。この絵本の中でも、子どものタコがお母さんに甘えながらも、好奇心をもってさまざまなことを体験し、成長していきます。情報にあふれた社会だからこそ、自分の経験から、世の中に対する質問の答えを見つけていってほしいと思っています。