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暑い、としか…… 柴崎友香

 ようやく、というよりは突然涼しくなり、やっと秋が来たか、暑さ寒さも彼岸までやしな、とほっとしていると、またもや暑い。日差しが照りつける道を歩きながら、思わず、うそやろ、とつぶやいてしまった。

 大阪から東京に移って、東京で夏を過ごすのは十八回目になる。二〇〇〇年頃、大阪や京都の連続猛暑日や連続熱帯夜の日数と比べれば東京は格段に少なかった。お彼岸を待つまでもなく、お盆を過ぎれば猛暑の年でもすーっと暑さの勢いがなくなる感じだった。東京の夏は楽やなあ、今まで自分は夏は苦手やと思ってたけど、大阪が暑すぎただけやってんや、と余裕を感じて過ごした。

 今年の東京は九月後半になっても三十五度近い日が続いた。七月や八月が年々暑くなっているのは実感していたが、九月にこんなにも暑いのは初めてで、まだ真夏やったっけ?と日差しにめまいがする。温暖化、と日本ではまだ穏便な言葉が使われているが、気候変動があまりに激動すぎて、たった十五年ほどでこんなにも変わるのかと愕然(がくぜん)とする。

 二十年前にベトナムのホーチミンを旅行したとき、初日はなにも知らずに昼間に外に出た。朝はあれほど市場が立って賑(にぎ)やかだったのに、人の姿はまったくない。屋外で見かけたのは巨大な銅像の日陰でじっとしていた二人だけ。店に入ると、床で店員さんが昼寝中でびっくりした。床はひんやりして気持ちいいのだろうと思った。部屋に戻ったら日焼け止めも帽子も完全防備だったのに顔が熱く、頭がぼんやりした。高温のときは外に出るものではないのだと学んだ。夕方になるとまた人が出てきて、川沿いの道で涼んでいた。

 暑すぎる東京の路地を歩いていたら、彼岸花はちゃんと咲いていた。だけど、これからは今までと同じ季節感でイベントや行動はできないのだろうなと思う。高校時代に先生がベタなシャレで「七月でこんなに暑かったら十二月なんかどんだけ暑いんやろな」とよく言っていたが、今は笑えないかもしれない。=朝日新聞2023年10月4日掲載