人気イラストレーター・雪下まゆが描き下ろした装画は、小説の表紙では異例と言える、真正面を向いた女性の顔のどアップ。目が合った、としか表現できない感覚で本書を手に取った人は多かったのではないか。
主人公は地方大学の事務職員として働く、小林美桜(みお)。序盤で語られるのは、彼女の壮絶な人生だ。一〇年前、小学四年生だった時に、洋食屋を営む父が殺された。一家離散後は、妹の妃奈(ひな)が連絡を取り合う唯一の肉親となった。その妹が、山中で惨殺死体として発見される。
妹は生前、保険金目当てで交際相手を殺害したという疑惑が世間で巻き起こる。美桜はジャーナリスト志望と称する男と共に、妹の死と疑惑の真相を探り出す。すると、素性の疑わしい人物たちが湧いてきて……。
正直なところ、物語のハンドリングは覚束(おぼつか)ない。特に、人と人の出会い方が乱暴だ。真相究明パートで違和感の幾つかは解消されるものの、三〇〇ページ弱の中で「偶然」の一語が一〇回も出てくるのはやり過ぎだろう。もう一点、主人公の独りよがりな思考で、無理筋な展開に理を通そうとする癖も気にかかる。モノローグに「つまり」「たとえば」「そうであれば」「やはり」といったワードが頻出するのは、論理に飛躍がある証拠だ。
ところが、弱みだと感じられた後者の点が、最終盤でストロングポイントに転化する。ミステリーの真骨頂と言えば犯人の動機にまつわるドラマであり、本作においても抜群に魅力的なオリジナリティを放っているのだが、それを主人公の独特な思考回路が凌駕(りょうが)していくのだ。
著者は二年前に別の新人賞でデビューしており、本書以外に二作の刊行物がある。そのどちらにも妖しい人物が大挙登場し、個性的すぎる動機=思考回路が披露されていた。現実では絶対に出会いたくないような人も、フィクションの中でならば出会える……むしろ、出会いたい。そんな歪(ゆが)んだ願望が、ヒットの背景にあるのかもしれない。=朝日新聞2023年10月14日掲載
◇
宝島社文庫・780円=9刷23万部。4月刊。2022年の「このミステリーがすごい!」大賞・文庫グランプリ受賞作を改題。