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「もぬけの考察」書評 今の社会を映し出す乾いた心性

評者: 山内マリコ / 朝⽇新聞掲載:2023年10月21日
もぬけの考察 著者:村雲 菜月 出版社:講談社 ジャンル:小説

ISBN: 9784065326855
発売⽇: 2023/07/31
サイズ: 20cm/108p

「もぬけの考察」 [著]村雲菜月

 「考察」は知的好奇心をくすぐる魅力的な行為だ。
 しかしあまり考察に熱中すると、他者の言葉に耳を貸さなくなり、しばしば独善に陥る。SNSにはあらゆる考察が溢(あふ)れるが、荒れることはあっても建設的な議論が成立することはまずない。考察はとても個人的で、デリケートなのだ。
 都市の或(あ)るマンション、408号室を舞台にした連作である。リモートワークをいいことに会社をサボった初音は、ずるずる引きこもるうち、ある日、自分が部屋から出られなくなっていることに気づく。
 次の話では、同じ部屋に大学生の末吉が入居している。オンライン講義を受けるだけの生活に倦(う)み、内気を打破しようとナンパに明け暮れていた。唯一ゲットした好きでもない女の束縛癖に神経を参らせていたが、やがて彼もこの部屋からいなくなることに。
 住人が一人、また一人と消えていく。人間は物語に意味を見出(みいだ)したい生き物だから、不条理であればあるほど考察欲が湧き、傍らでメモなんて取りはじめる。ちりばめられた家蜘蛛(ぐも)のイメージ、隣のサラリーマンの咳(せき)の音。不穏だ。
 コロナ禍で家にいる時間が増えた。リモートの普及は歓迎されたが、社会生活に適応するため無理して締めてきた自制心のタガは簡単に外れてしまう。ことに一人暮らしとなると、時間の感覚からなにから狂いはじめるのは自明の理だ。
 主人公のバトンは、弱き生き物であるシナモン文鳥へ渡り、最終話では貧しい画家が登場。前の住人の形跡に思いを馳(は)せるうち、「考察」に溺れてゆく。
 冒頭の家蜘蛛を飼い殺す描写にぞっとした。自分より弱い者と見れば痛めつけたくなる乾いた心性は不快だが、彼女をそうさせたのは今の社会に他ならない。姿を見せず住人たちを支配する、信頼できないマンションの管理会社もまた、この社会、ないし政府を映しているように思えるのだが、考察はここまでとす。
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むらくも・なつき 1994年生まれ。金沢美術工芸大卒。2023年、本作で第66回群像新人文学賞。