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ふじもとのりこさんの絵本「ケーキになあれ!」 本の扉を開いて言葉を育んで

ケーキは幸せな時間の象徴

――いちご、りんご、バナナ……子どもたちが大好きな果物に「ちちん ぷいぷい」と魔法をかけると、おいしそうなケーキに! ふじもとのりこさんの絵本『ケーキになあれ!』(BL出版)は、果物やケーキが色鉛筆の繊細でやさしい風合いでかわいらしく、おいしそうに描かれた作品だ。見ているだけで幸せな気分になれる。

 私が生まれ育った神戸にはおいしいケーキ屋さんがたくさんあって、私もケーキが大好きです。ケーキには幸せな日に食べるイメージがあって、幸せな時間の象徴かなと思っています。喜びみたいなものが溢れるような絵本を作りたいという思いから、ケーキの絵本にしたんですよね。ケーキというと果物がたくさんのっていて、子どもたちにとっては果物の方がより身近だと思うので、果物とケーキを結びつけました。

――登場するケーキは全て、モデルのケーキがあるという。

 私は学生時代、日本画を学んでいたので、デッサンを大切にしていて、実際のケーキを見ながら写生しています。なので、どれもどこのお店のケーキというのがあるんです。

 表紙のショートケーキは、地元の明石にある老舗ケーキ屋「くるみや」さんのケーキです。絵本の中に出てくるショートケーキは、お隣の西新町にある「パティスリー レネット」さんのもの。断面や飾りもぜんぜん違うんです。ちなみに、イチゴだけのページのイチゴと、ケーキのイチゴは種類も違います。ケーキに使うイチゴは、酸味があって、甘いケーキと合うようにしているそうです。よく見ると形も違って、ケーキにのっている方は丸みがあります。

『ケーキになあれ!』(BL出版)より

『ケーキになあれ!』(BL出版)より

――赤ちゃんの頃から身近にある果物はなにかというところから発想し、それに結びつくケーキを選定した。

 もしかしたら、バナナは子どもが初めて自分の手でむいて食べられる果物かもしれませんよね。そんな身近な果物を使ったケーキにしようと思って、あちこちのケーキ屋さんを探し回りました。バナナはオムレットにしようと思っていたのですが、どこのお店にもなくて、「くるみや」さんのロールケーキに、本当は入っていないバナナを突っ込みました(笑)。栗のモンブランも、クリームがくるくる渦を巻いているものがモンブランという気がするので探したんですが、おしゃれなものが多くて、なかなか見つからず大変でした。ようやく見つけたものの、上に栗がのっていなくて……。栗がないと子どもたちにはわからないので、天津甘栗をのせました。

 アップルパイも、描いていたのが真夏で、りんごの季節じゃなかったので、なかなか売っていませんでした。知っているお店を片っ端から探して、明石の「ダンマルシェ」というパン屋さんで見つけたアップルパイをモデルにしています。いちばん大変だったのが、オレンジタルト。オレンジの形がわかるように大きくのっているものがなくて、神戸のトアロードにあった「お気軽健康café あげは。」で見つけた時はホッとしました。断面に見えるオレンジ色の部分は、実は人参で、オレンジと人参のタルトなんですが、ニンジンの色がオレンジにも見えるのでいいなと思って決めました。

子どもたちがじっくり見られるように描く

――ケーキの絵は断面も大事。子どもたちが見たいところを全部描きたいと思っているという。

 子どもたちは、上の飾りも見たいけど、断面もどうなっているか、見たいんですよね。デッサンの基本では、視点がふたつあるとダメなんです。でもあえて、上から見る視点と横からの視点、ふたつ合わせてギリギリ不自然にならないように描いています。子どもたちがじっくり、どこでも見られように。色味もそっくりに描くのではなく、イメージの中にあるおいしそうな色に近づけて、明るいトーンにしています。

『ケーキになあれ!』(BL出版)より

 子どもたちは、ほんとうに細かいところまで見てくれるのでうれしいですね。最後のページには、フォークに一切れケーキがさしてあるところを描いて、カバーのそでにはお茶のカップ、カバー裏表紙には食べ終わったお皿を描きました。これを見ながら、ケーキを食べて、お茶をごっくんして、最後に手を合わせてご馳走様をしてくれていたお子さんがいたんだそうです。図書館で借りて気に入ってくれて、本を買っていただいたそうなのですが、カバーのそでにお茶のカップではなく、シリーズ作の案内が載った刷りのものだったそうで、出版社に絵本カバーを交換してもらえないかと連絡があったらしく……。それ以降、出版社の方もお茶のカップの絵を消さないようにしてくれました。この話を聞いたとき、子どもにちゃんと気づいてもらえて、やった!と思いましたね。

児童館での経験を絵本に生かして

――絵本作家になる前は、長く児童館に勤めていたふじもとさん。そこでの経験が作品作りに生かされているという。

 幼稚園に入る前の0〜3歳児の親子クラスを担当していました。絵本の読み聞かせもしていたので、こういう絵本だったら、たぶんこういう反応があるだろうなと、なんとなくわかります。当時、もっとこういうのがあったらいいなと思っていた絵本を作っている、というところはあります。

 『ケーキになあれ!』は、読み手がケーキを食べさせてあげたり、子どもが食べたり、そういうやりとりが自然に生まれるといいなと思って作りました。読み聞かせをする現場の人からも、使いやすいといっていただけているのでうれしいですね。最後に出てくるバースデーケーキにはロウソクが立っているので、私が読み聞かせをするときは、その月にお誕生日がある子に前に出てもらって、みんなでハッピーバースデーの歌をうたって、ロウソクを消してもらっています。ケーキに立てているロウソクは3本なのですが、脇にあと3本描いてあるので、6歳までお祝いできます(笑)。

本の扉を開けて、言葉を育てるきっかけに

――絵本作家を目指したのは50歳の時。子どもたちに言葉の大切さを知ってほしいという願いからだった。

 30年ほど前、小学校がすごく荒れている地域の児童館に赴任しました。とにかくケンカが多い。ほんの数秒目を離したら、机を蹴倒して椅子を振り上げ、殴る蹴るのケンカがはじまってしまう。私も中堅どころだったので、それまではケンカになる前にだいたい止めることができていたんです。不穏な空気だなと思ったら話を聞いて、という感じで。でも、それができない。一瞬でケンカがはじまるので、止めようがないような状況でした。ものすごくストレスの溜っている子どもたちがいっぱいいたんです。背景には、複雑な家庭環境や社会的に弱い立場の人たちが集まっていたということもあったのではないかと思っています。

 とりあえず、ケンカの絶えない殺伐とした雰囲気をなんとかしたいと思い、どうしたらいいのかずっと観察していて気づいたのは、子どもたちの言葉が弱いということでした。語彙力がすごく低くて、ぜんぶ単語なんです。言葉が育っていないから、自分の気持ちを伝えられなくて手が出てしまう。だから、ケンカを止めるときは、互いの言い分を聞いて相手に伝えて、というように、日本語の通訳をしていました。あなたの思っているモヤモヤを表現すると、こういう言葉になるんだよ、と伝えたかったんです。文字が読めても、文章として読めない子もいます。そうすると全ての授業が解らないから面白くなくて学校を抜け出し、街をふらふらしてトラブルを起こしたりしてしまう。そういう負の連鎖を断ち切るためにはどうしたらいいのか。これは絶対に言葉を育てなくちゃいけないと思ったんです。

――言葉を育てるために本を読んでほしいと、児童館の書棚に児童書の表紙が見えるように並べたことも。

 もうねぇ、壁のシミでしかないように、みんな素通りをされてしまって。「本の読み聞かせをするよ」といっても「いらん!帰る!」、そして誰もいなくなった……(笑)。そんなことを繰り返すうちに、小学生では遅いんだと思うようになりました。乳幼児期に本に触れて本が楽しいという感覚があれば、自分で本を読む力もつく。そうすれば、親が勉強する環境を与えられなくても、自力で勉強をすることができ、将来の選択の幅も広がるんじゃないかと。だから、言葉を育てるためにも、小さい子とお母さん、お父さんも楽しめるような絵本が必要、でもまだまだ足りないから私が絵本を作る! と、児童館を辞めたんです。

 児童館の仕事はすごく好きでした。でも、児童館の職員という経験があって絵を学んだことがある人は、何人もいるわけじゃないから、私の仕事として絵本を描かせてもらおうかな、と思ったのが絵本作家を目指したきっかけです。だから、私の絵本を読んでもらいたいと思う先には、その子たちがいるんです。シリーズ作の『おかおになあれ!』(BL出版)は、お菓子を使っていろんな顔を作る絵本ですが、ラフの段階では駄菓子を並べていました。小学生を対象に想定していたので、子どもたちがよく行く駄菓子屋のお菓子です。「あ、これ、あそこに売ってるグミちゃうんかい」「おもろそうだから見てみようか」っていう感じで見てもらえたらいいなって。とにかく、手に取ってくれたらいいなと思って。最終的には乳幼児向けになったので、駄菓子ではなくなってしまったのですが、一番思い入れがあって、あの子たちに届けたいなと思って作った絵本です。

『おかおになあれ!』(BL出版)より

――これまで、ふじもとさんが手がけた作品は7冊。全て、乳幼児を対象にした絵本だ。

 乳幼児期に本の楽しさを知ることで、本を好きになって、「言葉」を育ててほしいと思っているので、本の扉を開くための絵本を作っています。だから、私の絵本は『ケーキになあれ!』のように、読み手と読んでもらっている子どもたちが、やりとりをできるものにしています。それは、子どもと一緒に読んでいるお母さんやお父さんにも本の楽しさを知ってほしいから。絵本は、乳幼児が自分で選んで買うことができないので、大人にとっても子どもと絵本を共有する時間が楽しいという体験がないとダメだなと思っているんです。

 大人に届けなくちゃいけないんだけど、1000円で絵本を買うんだったら、なんか食べに行くわという人もいる。もしかしたら、本当に届けたい子どもたちに届かないかもしれない、というもどかしさもすごくあって、読み聞かせをしている人たちもすごく大事にしています。今後も、一貫して本の扉を開くことにつながるような絵本を作っていきたいと思っています。本を好きになって、読書の習慣がつくと言葉を育てることができる。私の絵本が、本の扉を開けるきっかけになればうれしいです。