完成した作品を見る時、どこか、それらは人ではなく神様だとか自然だとか、そういう遠くて大きな力によって生まれてきたのではないかと錯覚するような、そんな説得力を感じることがある。そしてだからこそ「作品が生まれていく過程」を垣間見るのも面白い。途方もない完成度の作品も、その生まれる途中には、突拍子もない発想だとか、得体(えたい)の知れない理屈だとかではなく、誰にでも理解できるある意味では等身大の合理的な思考回路が存在していて、それらに触れることができた時、圧倒的な作品も確かに人が作ってきたのだ、と本当の意味で実感することができる(もちろん、そうした思考回路だってプロのもので、簡単に真似〈まね〉できるものではないのだけど)。
本書はまさにそんな機会をくれる一冊だ。憧れて、読み親しんだ天才の作品を、「すべて人の手によるものだったんだ」と思い知ることができる。そしてそれがより一層、その作品に圧倒された日々の記憶を、鮮やかに心に刻みつけてくれる。
本書では雑誌掲載時の作品が、単行本に収録されるそのタイミングで、手塚治虫本人によっていかにブラッシュアップされ、効率的に組み直されたか、当時のそれぞれの原稿を見比べて知ることができる。そこで見てとれる改変は、漫画を描いたことがない人にも「なるほど」と納得ができる合理的なものが多く、だからこそ余計に、作品の大きな軸にあるのは、自分ではいくら考えても思いつかない展開や物語であったことが思い出され、その超越したあり方に私はどきどきしていた。人から作品が生まれるのは、奇跡だ。その奇跡の部分に手のひらで触れることができたようなときめきがある。そんな出会い方を今、改めて手塚作品でできることは、とてつもない幸福なんじゃないかと私は思っている。=朝日新聞2023年12月2日掲載