1. HOME
  2. コラム
  3. 旅する文学
  4. 岡山編 陰と陽、それぞれの収穫 文芸評論家・斎藤美奈子

岡山編 陰と陽、それぞれの収穫 文芸評論家・斎藤美奈子

熱気に包まれるうらじゃ総おどり=2019年、岡山市北区

 〈八つ墓村へかえってきてはならぬ。おまえがかえってきても、ろくなことは起こらぬぞ〉。1970年代後半を中心に一大ブームを起こした横溝正史。『八つ墓村』(1951年/角川文庫)はなかでもよく知られた作品だろう。

 戦国時代に8人の落ち武者が惨殺された伝説のある県北の村。ここで26年前、32人の村人が殺される凄惨(せいさん)な事件が起きた。母が生まれたその村の、旧家の跡取りだと知らされた辰弥は現地に向かうが……。津山三十人殺しと呼ばれる実際の事件(1938年)に想を得た、金田一耕助シリーズの1冊。過去と現在の事件が重なり、鍾乳洞の暗闇が不穏な空気を醸しだす。晴れの国とされる岡山のもうひとつの顔だ。

 北と南の差か、山と海の差か。岡山県の文学は陰と陽、明と暗の差が激しい。陽の代表格は片岡義男彼のオートバイ、彼女の島』(1977年/角川文庫)だろう。

 〈カワサキのオートバイにまたがって、ぼくは、にぎりめしを食べていた〉。この印象的なフレーズではじまる小説は、瀬戸内に浮かぶ笠岡諸島の小島(モデルは白石島?)を一種の楽園として描いている。〈島へ来てね。あのカワサキで〉。旅先で出会った女性・美代子に誘われた「ぼく」は島にわたって感嘆する。〈ディスカバー・ジャパンだ〉。家がダム湖に沈んで故郷を失った「ぼく」と、彼のオートバイに魅せられて大型二輪の免許をとる美代子。太陽の光を背にしたザ・青春小説。片岡義男が一世を風靡(ふうび)したのは横溝正史ブーム直後の80年代だった。

 日本ホラー小説大賞を受賞した岩井志麻子ぼっけえ、きょうてえ』(1999年/角川ホラー文庫)も分類すれば陰の文学である。

 〈岡山いうのは南の方ばっかし、ええ目におうとるんよな〉。県北の津山近くに生まれ、16歳で岡山市に売られた遊女が語る身の上話は忌まわしい。母は〈間引き専業〉の産婆で、彼女も手伝いをさせられた。双子の姉の怨念を背負い、父には性暴力を受けた。「ぼっけえ、きょうてえ」とは岡山弁で「とても、怖い」の意味。〈妾(わたし)はきょうてえ思いをさせられとったんじゃ。/知らんかった。わからんかった〉と語る彼女は今日でいう児童虐待の犠牲者だ。その怒りと悲しみが、この作品に怪談以上の風格を与えている。

 同じ頃のベストセラー、あさのあつこバッテリー』全6巻(1996~2005年/角川文庫など)の舞台も岡山県だ。誰も寄せつけない孤高の天才ピッチャー原田巧(たくみ)と、巧の才能を見抜いたキャッチャーの永倉豪。中学校入学直前に出会った2人は最強のバッテリーを組み、中学の野球部に入部するが……。作中の新田市のモデルは美作(みまさか)市など。児童文学の枠を超えてヒットしたのは、スポ根モノの定石に乗らず、たった1年間の出来事を丁寧に描いたためだろう。遠い山並みを背景に、ほぼ地域の中でだけ進む物語。巧の異端児ぶりは今も異彩を放っている。

 さて、岡山県といえば桃太郎。毎年8月、岡山市で行われる「うらじゃ」は鬼退治伝説にちなんだ祭である。天川栄人おにのまつり』(2022年/講談社)はこの祭に参加した中学生5人の物語。祭の主役である温羅(うら)(鬼)の気持ちを知ろうと鬼ノ城(きのじょう)(総社市)に登ったりもする彼らはしかし、みな学校の中で浮いていた。温羅は異国人だったという説がある。〈よそ者だから、怖がられて、鬼って呼ばれて、退治されたってこと?〉。正と邪が逆転する瞬間。異端児の復権である。

 異端児は近世にもいた。飯嶋和一始祖鳥記』(2000年/小学館文庫)。18世紀の江戸後期、児島湾に面した八浜(玉野市)に生まれ、子どもの頃から凧(たこ)揚げの名人だった幸吉は、父母を亡くして岡山城下に移った後も表具師をしながら凧作りに熱中し、やがて鳥のように空を飛びたいと考えはじめる。時は天明の飢饉(ききん)の頃。夜な夜な「鵺(ぬえ)が飛び回っている」という目撃談に町の人々は熱狂し、とうとう悪政にあえぐ民の造反を恐れた藩が動きだす。

 実話ベースの歴史小説。〈浜風が強くなれば、ちゃんと舞い上がる。大丈夫だ〉。陰と陽の差を鳥人幸吉は軽々と飛び越える。うらじゃ!=朝日新聞2024年1月6日掲載