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紫式部が霊として蘇ったら? 「女たち三百人の裏切りの書」 藤井光が薦める新刊文庫3点

  1. 『女たち三百人の裏切りの書』 古川日出男著、新潮文庫、1155円
  2. 『山梔(くちなし)』 野溝七生子〈なおこ〉著、ちくま文庫、1320円
  3. 『本心』 平野啓一郎著、文春文庫、979円

 女性と物語をめぐる三冊を、舞台となる時代順に。(1)は没後百年あまりを経て、紫式部が霊として蘇(よみがえ)り、『源氏物語』の真の続編を語り出す。宇治と「憂(う)し」をかけて展開する恋物語は、東北から瀬戸内海までをまたいで権力が流動化する時代に設定され、「物語」を手に入れることを核として登場人物たちの思惑が交錯する。そのスケール感と、現実と虚構を混交させて疾走する語りは圧巻である。

 大正末期に発表された(2)は、家まわりの小さな空間で進行する。軍人一家の少女である阿字子は、読書に熱中して精神的な自立を求めるが、女性であるがゆえに結婚が人生の唯一の道であるという現実が立ちはだかる。それに黙従できず、家族が一緒である状態に永遠に留(とど)まりたいという願いが、阿字子を追い詰めていく。女性が自身の物語を持つことを許されない、その閉塞(へいそく)感は、終盤にふと登場する「満洲」という言葉によって戦争の時代の地図に接続されてもいる。

 2040年代の、経済格差がさらに広がった日本を舞台とする(3)において、主人公の石川朔也(さくや)は、半年前に自主的に死を選んだ母親をバーチャルな存在として復活させる。技術によって生死や自他の境界線が曖昧(あいまい)になった社会において、母親の本心は何だったのかを知ろうとする朔也が行き当たるのは、格差が未来の選択肢を切り詰めてしまうとき、個人はどのような物語を自身の人生として選びうるのかという問いである。それは現代がすでに抱え込んだ病理でもあるだろう。=朝日新聞2024年1月20日掲載