妄想生む疫病から生まれる宇宙空間ホラー
デイヴィッド・ウェリントン『妄想感染体』(中原尚哉訳、ハヤカワ文庫SF)は、アメリカから届いたSFホラー。上下巻合わせて1000ページ近い大作だが、冒頭からハラハラドキドキの連続で、一気に読み終えてしまった。
超光速航行が実用化された未来。防衛警察(防警)警部補のサシャは、捜査上の大きなミスを犯し、植民星パラダイス-1の調査を命じられる。暗い過去を背負った医師ジャン・レイ、パイロットで元恋人のサム・パーカーとともに、太陽系から100光年離れた植民星に向かうサシャ。
ところが冷凍睡眠から目覚めた彼女が目にしたのは、ずたずたに破壊された宇宙船だった。防警局長ラングの録画メッセージを再生した一行は愕然とする。これまでパラダイス星系には100隻以上の宇宙船が派遣され、そのすべてが行方不明だというのだ。原因を突き止めるまでサシャたちは帰還が許されない。ほとんど成功の見込みのないミッションに、3人は送り込まれたのだ……。
と、ここまでは比較的オーソドックスな宇宙SFだが、この異変にある疫病が関わっていることが判明するあたりから、じわじわとホラー色が濃くなる。すでに土星のコロニーを全滅させたこの疫病は、一種の〈精神寄生体〉であり、感染者の頭に奇妙な妄想を植えつけてしまうのだ。たとえば実体のない飢えに突き動かされる感染者は、ゾンビのように凶暴化してサシャたちに襲いかかってくる。ユニークなのは人間だけでなく、宇宙船をコントロールするAIまでもが妄想に取り憑かれること。これによって科学の粋を凝らした宇宙船は、化け物屋敷か幽霊船のごとき空間になってしまうのだ。
物語の中心にあるのはSF的アイデアだが、その表現方法は極めてホラー的。闇に閉ざされた船内に現れる異形のモンスターなど、ホラーファンの心をくすぐる要素が盛りだくさんである。母との関係に悩みながらそれを克服しようとするサシャの姿や、獅子奮迅の活躍を見せる愛らしいロボット・ラプスカリオンの存在は、危険に満ちた物語の救いになっている。本作は3部作の第1弾。ついにパラダイス-1が舞台になるらしい、続編の刊行を待ちたい。
未知の寄生虫を起点に悪夢のパノラマ
北里紗月のバイオホラー『赫き女王 Red Alveolata Queen』(光文社)には、宿主に異常行動を起こさせる寄生虫が登場する。日本最南端に位置する美しい無人島、瑠璃島。ここに建設された海洋生物研究所でショッキングな事件が起こる。所長・桐ヶ谷杏を含む研究員4人が、屋上から立て続けに転落し、死亡したのだ。
研究員の高井七海は、所長室で極秘の研究ノートを発見。杏がレッドと呼ばれる未知の寄生虫の研究を進めていたことを突き止める。4人の死はこの生物と関係があるのか。七海は同僚の三上桃子、副所長の沖野研ととともに、手がかりを求めて島内の調査に向かうのだが……。
身の毛もよだつような生き物が次々に登場する本作は、南海の孤島を舞台にしたサバイバル小説、怪物小説として読むことができるが、それは決して荒唐無稽なものではない。大学院で生物学を修めた作者は、レッドという小さなフィクションを起点にして、科学的に筋の通った悪夢のパノラマを作り上げている。七海たちが専門知識をもとに議論を重ね、謎に迫っていく過程は知的興奮に溢れており、自分に生物学の知識が乏しいことがつくづく悔やまれた。人間の卑小さをあざわらうようなおぞましいクライマックス、恐怖に徹した幕切れにも科学の目が光っている。
感情のないロボットを主人公に怖さを徹底
饗庭淵『対怪異アンドロイド開発研究室』(KADOKAWA)は、先端科学でオカルトに攻め入った野心作だ。視点人物であるアリサは、怪異調査を目的として作られたアンドロイド。高性能の怪異検出AIが、目の前の現象が怪異である確率をはじき出す。ホラー小説では登場人物の不安や怯えが物語のトーンを作っていくものだが、本作のアリサはどんな目に遭ってもまったく怖がらない。
というとホラーのお約束を裏返しただけの作品のようだが、作者の狙いは感情のないロボットを主人公に、真に怖いホラーを書くことにあった。たとえばアリサが調査に訪れた廃村で、白無垢姿の幽霊と5時間向かい合っていたというシーン。アリサの反応こそ淡々としているが、想像してみると恐ろしい。
その後もアリサは奇妙な駅、心霊スポットの雑居ビルなどを調査していくが、怪異に科学のメスを入れれば入れるほど、世界を覆う闇はますます濃くなっていく。SF的ガジェットこそ用いられているが、本作から受ける手触りは不条理な怪談に近い。
アリサを開発した白川有栖教授が、なぜ怪異を恐れるのかという理由が、徐々に明らかになっていく展開も読み応え十分。近年ホラー界で存在感を増している小説投稿サイト・カクヨムから、また一人気になる新鋭が登場した。