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奇妙な二重構造が生むスリルとサスペンス「ナッシング・マン」 若林踏が薦める文庫この新刊!

  1. 『ナッシング・マン』 キャサリン・ライアン・ハワード著、髙山祥子訳 新潮文庫 990円
  2. 『光る君と謎解きを 源氏物語転生譚』 日部星花著 宝島社文庫 880円
  3. 『はじめて話すけど…… 小森収インタビュー集』 創元推理文庫 1320円

 小説内に別のテキストを挟む、いわゆる“作中作ミステリ”と呼ばれるものは多いが、(1)はその中でも一際(ひときわ)ユニークな構造を持つ作品だ。ショッピング・モールで警備員を務めるジム・ドイルは、かつて〈ナッシング・マン〉と世間で呼ばれた連続殺人鬼だった。警察に捕まらず平穏な日々を過ごしていた彼は、〈ナッシング・マン〉事件の生き残りである女性が一連の事件を取材した本を出版したことを知り戦々恐々とする。殺人鬼が自身の犯行を検証する実録本を読む、という何とも奇妙な二重構造が面白い。謎を追うスリルと、読み手の不安を煽(あお)るサスペンスに満ちた小説だ。

 大河ドラマ「光る君へ」の放送に合わせて書店では『源氏物語』の関連本が並んでいるが、ミステリでも(2)のような「源氏物語本」が刊行されている。就活中の女子大生が『源氏物語』の登場人物である紫の君に転生し、光源氏と共に平安の都で起きる謎めいた事件を推理する。源氏物語、転生もの、謎解きミステリという三つを掛け合わせた奇抜さが魅力だ。

 (3)は〈短編ミステリの二百年〉シリーズなどで知られる評論家の著者が行った、ミステリや翻訳小説と縁の深い人々へのインタビューを収めたもの。三谷幸喜と海外の“作戦もの”の醍醐(だいご)味を語り合い、法月綸太郎とはイギリスの探偵小説家アントニー・バークリーに関する論をぶつけ合うなど、深く濃い対話を通して翻訳文化に対する著者の拘(こだわ)りが浮かび上がってくる。=朝日新聞2024年1月27日掲載