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知りたくない 柴崎友香

 二か月前に対談した方が日記を書いていて、仕事の進行など合計五種類も日々の記録を書いているのだという。日記を書いておけばよかったと思うことはしょっちゅうあり、その人のエッセイにも登場した五年日記、一日分が五行ほどで一ページに五年間の同じ日付けが並ぶ日記帳を買い、新年から書いてみようと思ったが、初日から書けず、五日にまとめて五日分書いて、そのあと放置状態で一月が終わろうとしている。

 日記文学の名作は多いし、私は生活の細かいことを小説に書くことが多いせいか、日記を書いているんですか、とよく聞かれる。日記が書けないのは子供のころからの懸案事項である。三日坊主ならまだしも、一日しか続かない、というか一日だと「続かない」以前である。

 夏休みの宿題の日記は最後の三日でまとめて創作していたし、日記帳を買っては最初の数ページ以外真っ白の繰り返し。実は五年日記も二度目だ。前のをめくってみると、一年目に飛び飛びながらも三か月ぐらい書いて二年目に思い出したように五か所くらいだけ書いてあった。三か月は最長記録で、やはりこの形式ならまだ可能性があるようだ。

 継続性の問題だと思っていたのだが、最近になって根本的に「書きたくない」のでは?と気づいた。基本的に、毎日が「やろうと思っていたことができなかった」なので、それを自分で知りたくない。小学生の夏休みも「一日中テレビ見てた」しかなかったから、怒られそうに思ったし自分でもいやだったのだろう。今はそこに、仕事で文章を書いているので仕事時間じゃないときに書きたくないも上乗せされている。

 とはいえ、日記は貴重であり、過去のある日に自分が何をしていたか記録がほしいときはある。今の願望としては、勝手に記録しておいてくれるアプリができればいいと思う。毎日の食事を記録するアプリのような感じで項目を記入していく形式ならできるかもしれないし、もうあるのかも。=朝日新聞2024年1月31日掲載