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「ガーナ流 家族のつくり方」書評 「出会いの衝撃」の厚み描く知性

評者: 磯野真穂 / 朝⽇新聞掲載:2024年02月10日
ガーナ流家族のつくり方 世話する・される者たちの生活誌 著者:小佐野 アコシヤ有紀 出版社:東京外国語大学出版会 ジャンル:歴史・地理・民俗

ISBN: 9784910635088
発売⽇:
サイズ: 19cm/254p

「ガーナ流 家族のつくり方」 [著]小佐野アコシヤ有紀

 はじめても、2回目も、1度しかない。でもはじめてが貴重に思えるのは、そこに驚きがあるからだ。
 大学1年、はじめてガーナを訪れた著者は、育児が社会の中心にある社会と出会う。商店だろうが、事務所だろうが仕事場には常に子どもがおり、育児は血縁・婚姻に縛られない。小学校教員が仕事中に抱いていたのは同僚の子であった。
 祖父の介護を続ける中、社会から置いていかれるような孤独を感じていた著者は、家族の意味を模索すべく、交換留学生としてガーナ大に翌年留学する。
 本書では、母や姉など、家族を表す言葉がしばしばゴシック体で描かれる。これは血縁・婚姻関係がない「家族」も含む。ガーナの人々は、世話し・世話される人々を家族と呼び、誰が家族かはその時々で変わる。だから「家族は何人ですか?」という著者の質問に困ってしまい、ある子は105人と答えた。
 著者の肌の色を見て「オブロニ!」(=ガイジン)と呼びかける道行く人々。水浴びの順番で揉(も)め、ものを投げたり、ひっぱたきあったりする宿泊先の女性たち。シチューの肉は骨まで食べろとか、便所サンダルのような靴を履くなとか、著者を世話焼く「姉」のフェリシア。出会いを重ねながら著者は「家族」を探り続け、家族を血縁に縛り付けていたのは他ならぬ自分であることに気づいていく。
 人は世界についての知性を持つから、思いもよらない世界との遭遇に驚くことができる。哲学者の宮野真生子は、その驚きを「知的情緒」と表現した。
 出会いの衝撃に立ち止まり、動く知性を用いて、その衝撃の厚みを描こうとする当時学部生の著者の姿勢に学問の原点を見た。結論までの旅路を、驚きと共に味わってほしい。
 そうそう。著者の母校は、雑誌の記事で、コスパの悪い国公立大学1位に選ばれたそうだ。コスパの虚(むな)しさを痛快に破る1冊としてもお薦めしたい。
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おさの・アコシヤ・ゆき 東京外国語大卒。民間シンクタンクで子ども・子育てなどの調査研究事業に従事。