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「おわりのそこみえ」書評 随所に今の時代特有の「落ち方」

評者: 山内マリコ / 朝⽇新聞掲載:2024年02月10日
おわりのそこみえ 著者:図野 象 出版社:河出書房新社 ジャンル:日本の小説・文学

ISBN: 9784309031613
発売⽇: 2023/11/22
サイズ: 20cm/173p

「おわりのそこみえ」 [著]図野象

 二十五歳、美帆という主人公の一人語りを読みながら、漫画家・岡崎京子の言葉を思い出した。「いつも一人の女の子のことを書こうと思っている。いつも。たった一人の。ひとりぼっちの。一人の女の子の落ちかたというものを」
 美帆もまた、どんどん落ちていく。仕事は日当七千五百円の倉庫バイト。買い物依存症で、リボ払いからはじまった借金が嵩(かさ)む。高校時代に一瞬つき合った宇津木にストーカーされ、マッチングアプリで知り合ったアメという、バンドマンみたいな三十男とのセックスに耽(ふけ)る。「私はなにかを選ぶとき、いつも無意識に悪いほうを選んでいる」
 下へ向かう負の連鎖は、長年のフレネミー(友を装う敵)である加代子の転落死によってさらに加速していく。美帆は警察に怪しまれ、加代子の家族からは嫌がらせを受ける。いよいよ人生が詰んだ状態だ。そんなとき、貧乏な機能不全家族であった美帆の両親が、思いがけず底力を見せる。
 美帆はすぐに死にたいと口にする。それでいて、「そういう女子はそうやって生きてくの。死にたいって言いながら生きるの」とわかっている。
 そう、彼女はなんでも知っている。直感的に人生を悟り、冷めたメタ視点でロジカルに内省する。宇津木との関係を、「ストーカーをし、ストーカーをされているという私たちのファッションです」と説明。「貧乏でバカでなんの才能もない女は男に媚(こ)びるしかないの?」と問う。言語センスは気が利いてユーモアが冴(さ)える。裏腹に、子供じみた愛の希求が痛々しい。
 しかしそれが、若い女であるということなのだ。若い女であることの、どうにもならなさ。何もかもわかっていながら、自分に混乱し、地に足がつかず、どうにもならずに生きている、あの感じ。至るところに今という時代特有の「落ちかた」があった。
 ちなみに著者は男性。これがデビュー作となる。
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ずの・しょう 1988年大阪府生まれ。2023年、本作で第60回文芸賞優秀作を受賞。