ISBN: 9784000616126
発売⽇: 2023/10/23
サイズ: 20cm/364,11p
ISBN: 9784000616133
発売⽇: 2023/11/20
サイズ: 20cm/427,14p
「ジャズピアノ」(上・下) [著]マイク・モラスキー
本書は、主に1920~60年代アメリカのジャズ・ピアニストを系統的に論じた労作である。ジャズ本というと名盤ガイド、演奏家の伝記、文化史研究、文芸的エッセイなどが目につくが、本書はそのいずれの要素も含みつつ、どれとも異質である。その主役はジャズ特有の「音」であり、音を生み出す演奏手法である。著者の高解像度の分析は、ジャズのアナトミー(解剖)と呼ぶにふさわしい。
そもそも、音楽がBGMとして消費される今、自覚的に〈聴くこと〉をいかに組織するかはすべての音楽家の課題である。音源へのアクセスが容易になっても、耳がダレていては意味がない。ゆえに、本書は耳をつくるための助言を惜しまない。具体的には、ピアノの左手だけを聴くこと。あるいは〈間〉に注意すること。それだけで、聴きなれた名盤も別物のように響き始めるだろう。
この聴くことの組織化は、ジャズ史の見方も変える。ピアノは本来的にはジャズ楽器でないだけに、手法の発明がいっそう重要であった。著者によれば、モダンジャズ(ビバップ)以前のピアニストは、すでに十分にモダンな手法を駆使していた。
例えば、アート・テイタムはただの超絶技巧のピアニストではなく、比類ないタッチとリズム、そして特異なハーモニー感覚をもつ前衛的な音楽家であり、その先進性ゆえに、名だたるモダンジャズ演奏家がテイタムを崇拝した。かたや、音色の錬金術師デューク・エリントンも、ピアニストとしてはセロニアス・モンクを先取りするような打楽器的なタッチを披露した。エリントン楽団の代表作「A列車で行こう」も、きわめて斬新で冒険的な楽曲なのである。
新旧の音楽がすべてヨーイ・ドンで並走するポストモダンなインターネット時代には、古いジャズの音がかえって新鮮に響くのではないか。本書のおかげで、素人の私もアール・ハインズのすごさを知り、フィニアス・ニューボーンのピアノトリオに出会い、力強いマッコイ・タイナーと軽いビル・エヴァンスという先入観を修正された。名盤を精神的にあがめるのではなく、その手法を物理的に解剖すること――そのとき、教科書的なジャズ史の底から、ピアニストたちの音をつなぐ未知の水脈が浮かんでくる。
英語の文献を渉猟し、アカデミックなジャズ研究の現在地を示す力作だが、マニア的な力こぶを見せないのも粋。ジャズ以外の演奏家にも役立つだろう。難点は、音源と突きあわせて読むのがあまりに楽しく、なかなか読み進まないことである。
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Michael Molasky 1956年、米セントルイス生まれ。早稲田大教授。戦後日本文学・文化史、ジャズ史、日本の飲食文化を研究。著書に『戦後日本のジャズ文化』『占領の記憶 記憶の占領』『日本の居酒屋文化』など。