私たちがなにげなく「日本文学」と口にするときに、しばしば排除されている作品がある。例えば、日本のかつての植民地や支配地域で、日本語で書かれた文学がそうだろう。
黒川創さんは、そうした「外地」で書かれた日本語文学にいち早く目を向けてきた作家だ。30年にわたる取り組みが『「日本語」の文学が生まれた場所 極東20世紀の交差点』としてまとまった。
既刊本に加筆した「鴎外と漱石のあいだで」はある皇族の数奇な半生から始まる。日本文学史のど真ん中にいる森鴎外と夏目漱石をいわば縦糸に、台湾や朝鮮半島、中国などの文学者、あるいは男性中心の漢文の教養からはじかれた女性たちが絡み合い、織物のように広がっていく。
膨大な固有名詞が登場し、作家や作品のデータベースにもなっているが、一つ一つを手に取りたい衝動に駆られながら、まずはページを繰る手を止めることができない。長く評論と小説の両方を書いてきた黒川さんならではの熟練の手つきゆえだろう。忘れられかけていた文学の豊かさが苦みとともに押し寄せてくる。
黒川さんはこう書く。「この世界には、自分の知らないこと、まだ語られずにいることが、実はさらにたくさんある。明るみは、そちらから射(さ)してくる」(滝沢文那)=朝日新聞2024年3月2日掲載