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(ブックエンド)大平一枝「ふたたび歩き出すとき 東京の台所」 「生活の楽屋」である台所描く

 台所をめぐる物語は、なぜこんなに読まれるのだろう――。朝日新聞デジタルマガジン「&」で編集長を務めていた頃、折に触れて感じた思いが、『ふたたび歩き出すとき 東京の台所』(大平一枝著、毎日新聞出版・1870円)を手にしてよみがえった。

 サイトの人気連載「東京の台所」の記事を大幅に加筆修正し、新たに取材した作品などを加えた。市井の人の台所を訪ね歩く趣向で、調度品や料理が紹介されることもあるが、主眼は台所という「窓」から見た住人のドラマ。限られた時間でここまで聞き出せるとはと驚く濃密な内容が、淡々とつづられる。

 台所と無関係に暮らす人はまずいないだろう。ひんぱんに調理する、冷蔵庫に飲み物を取りにいくだけ、と、かかわりに濃淡はあっても。だからこそ、台所は著者が呼ぶ「生活の楽屋」でありうるのだろう。

 舞台人にとって楽屋は素の自分に戻る場所。人生という舞台に立つすべての人にとって台所は、自分を他者の目で見つめ直せる場所なのかもしれない。(星野学)=朝日新聞2025年5月3日掲載