「衝撃の事件」をタテに進められる「本当に恐ろしいこと」
授業に先立ち、ジャーナリストの堤未果さんは自身の著書『堤未果のショック・ドクトリン』を生徒たちに贈っていた。教壇に立った堤さんは改めて、要点をわかりやすく解説していく。
「『ショック』とは、文字通り衝撃的なニュース。最近ならコロナ禍やイスラエルの爆撃、ロシアとウクライナの戦争、日本なら東日本大震災や先日の能登地震などがそれにあたります。『ドクトリン』は政策、ルール、法律といった意味です」
大きな事件や事故、災害があると、人は冷静さを失ってしまう。こうしたある種の興奮状態にあるとき、国や政府がふだんなら国民が受け入れないような法律や法案をシレッと通してしまう。「いわゆる『火事場泥棒』のようなことをやることがショック・ドクトリンなのです」
堤さんは、自身がジャーナリストになったきっかけも「アメリカが自分の国に仕掛けたショック・ドクトリンだった」と打ち明ける。
2001年9月11日。NYにある貿易センタービルにハイジャックされた飛行機が突っ込み、世界中を震撼させた同時多発テロ。まだ生まれていない高校生にとっては歴史上の出来事だが、当時証券会社員だった堤さんは、衝撃の瞬間を隣のビルの窓から目撃。パニックの中、20階から命からがら地上に逃げ延びた。
テロによる地獄のような体験。本当に恐ろしいことは、しかし、翌朝起きたという。
「テレビや新聞といったメディアがこぞって『悪魔の所業の犯人はイスラム教徒だ。民主主義対悪魔の戦いに私たちアメリカは必ず勝つ!』と報じ、国民の間にも恐怖と怒りの感情が噴き出したのです」
ブッシュ大統領(当時)も声高にそう宣言し、低迷していた支持率も急上昇した。「あまりにもショックなことが起きたとき、強い人、はっきりとモノを言う人に、国民はついていこうと思うものなのです」
そして何が起きたか。「非常事態だから」という理由で、教育や貧しい人たちのための予算は大幅に削減。一方で多額の軍事費が投入される法案が議会を通った。NYのあちこちではターバンを巻いたイスラム教徒がよってたかって暴力を振るわれる「ヘイトクライム」が起きた。あっという間に街の中、図書館やスーパー、ガソリンスタンドに駅、学校の教室にまで監視カメラが設置された。メールもファクスも電話も、インターネットで何を検索してるのかさえ国に監視されるようになり……。
「通常だったら反対運動が起きることも、『テロとの戦争』という大義名分のもとやすやすと実行に移されてしまった。これこそがショック・ドクトリンの怖さなのです」
2003年、アメリカをはじめとする多国籍軍はイラク戦争へと突入。その結果、イラクでは一般の人までが命を奪われ、アメリカも多くの兵士が犠牲に。たとえ生還しても体に障害を負ったり、精神を病んだりし、自ら命を絶った若者も少なくなかった。
堤さんがこうした元兵士にインタビューしたところ、「日本の若い人たちに伝えて」と託された言葉があったという。それは「だまされるな」。
「ショック・ドクトリンは、選択の余地も考える間も与えずに一気に進められてしまう。私たちが気づいたときには国や政府、既得権益のある大企業などにだまされてしまっているのです」
そして、現代人はますますだまされやすくなっているという。堤さんがその要因として挙げたのが「スマホ」だ。あるデータによると日本の中高生の2人に1人はスマホを1日3時間以上使っているという。堤さんが生徒たちに「自分もそう、という人は?」と聞くと、ほぼ全員が手を挙げた。
では、なぜスマホを使うとだまされやすくなるのだろうか?
「GAFA」と呼ばれる大手IT企業の創業者たちは、自分の子どもには「自分の頭で考えられなくなる」「脳に悪影響を与える」という理由でスマホやタブレットを使わせていない、SNSの「いいね」ボタンの開発者は作ったことを後悔している……といったエピソードを堤さんが紹介すると、生徒たちは一様に驚いた様子。
「検索や閲覧を繰り返しているうちに自分が見たい情報ばかり出てくるようになり、自分とは異なる意見が表示されなくなっていく。スマホは個人の持ち物で非常にカスタムされているので、そのことに気づきにくい。だから自分の頭で考えないようになり、結果、だまされやすくなる」
では、だまされないためにはどうすればいいのか? 人の目を見て話をしたり一緒に食事をしたりする、手触りを感じながら本を読む、ラジオなど耳からの情報で想像力を働かせる、文字を手書きする……など、五感や身体を使い感じる大切さを堤さんは説く。「体を動かし五感を働かせることで、デジタルの情報にコントロールされにくくなります」
堤さんはまた、「情報やニュースに触れたとき、そこで答えや真実とされていることが本当はどうなのだろう、と自分に問いかけてみて。角度を変えて5回でも10回でも」と提案する。たとえば週刊誌のスキャンダルも、無条件に受け入れず、「ホントにそんなにひどいことしたの?」「〝被害者〟は正しいことを言っている?」「週刊誌は、売れまくれば、たとえ裁判で負けたって平気なのでは?」……と疑いを持ってほしい、と言う。
「ニュースや情報に触れたときの、ムカつく、悲しいといったネガティブな感情も、楽しい、うれしいというポジティブな感情も、人はすべて過去の経験からくる思い込みを通して反応している」と堤さん。この思い込みの積み重ねを「信念フィルター」と言い換えて解説した。
「自分自身に『どうなの?』と問いかけ、フィルターを1枚ずつはがしていく。友達など人間関係でもそう。最初は『イヤな感じ!』と憤っても、信念フィルターを何度も何度もはがしていくとイヤな気持ちが消えていきます」
そして、生徒たちにこんなメッセージを送った。
「自分の頭で考えることができる人、自分の意志で生きている人、フィルターを自分ではがすことができる人は、絶対にだまされません。つまり、自分の頭でしっかり考えることでだまされずに幸せに生きていける、ということなのです」
生徒たちの感想は…
上原陽愛(ひより)さん「堤さんの本を読み、そしてお話を聞き、これまで知らなかったことをたくさん知ることができました。戦争が人を変えてしまうことは恐ろしいと思いました。
海老原楽(がく)さん「コロナ禍は自分でも経験したことですが、メディアの情報を鵜呑みにしてきたことに気づかされました。フィルターをはがして自分の頭で考えるようにしていきたい」