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滝沢カレンの「真夜中は別の顔」の一歩先へ 治せないものなどない、街の名医の恐るべき正体

撮影:斎藤卓行

ここは、南フランスのとある田舎町。

春と夏はいかにも温かな天気に見守られ、
秋と冬は難しい寒さに覆われる地域だ。

そんな町の中心には、小さくも張り切り屋が集う可愛らしいお店やスーパーたちが礼儀正しく列を連ねている。

小さな町だが豊かな町であり、
観光客扱いも朝飯前だ。

そんな明るい店が並ぶ中、この町で唯一のお医者さんがある。

そこの医者を努めているのは、
サルバリン・リクチャー。

現在76歳だ。

リクチャーは元々、パリ、イタリアのローマ、アメリカのワシントンなどで天才医学者として名をとどろかせていた。

"リクチャーに治せない病は地球天災の訪れ"

という口癖が広まる程だ。

実際に、リクチャーの患者で助からなかった人は1人もおらず、医者部門における全ての賞状を手にしてきた。

そんな人助けのパワー人間(リクチャー)は、ひっそりとこの南フランスの小さな町で今もひっそりと町のヒーローをしている。

     ◇

「こんにちは」

1人の女性がリクチャー治療院にやってきた。

「はい、こんにちは。どうしましたか?」

リクチャーがお得意のエクボをへこませながら、まんざらでもない笑顔を患者に渡した。

「ちょっとお腹が1週間くらい張って痛くて痛くて診てもらえませんかね。」

女性の名前は、リブリン。82歳だ。

リクチャーがこの町にきてもう15年、リブリンの身体の容態もリクチャーの頭脳の引き出しにもちろん入っている。

「リブリン、きっと大腸がまた炎症しだしているね。何かおっきなものや硬いご飯を食べましたか?」

リクチャーは優しくエクボをへこましたまま、
質問した。

リブリンは少し記憶ページを後戻りすると、
思い出したような表情をして話し出した。

「1週間前に孫のミシィーの3歳の誕生日だったから、大きなフライドチキンとクッキーをありったけに食べてしまったわ。それが原因かしら。」

リブリンは不安色に顔を染めながら、
リクチャーの目を覗きこんだ。

「リブリン、大丈夫だよ。今日で楽になる。
じゃあ手術台にいきましょう。痛くないからね。」

そういうとリブリンは手術台に移動し、
言われるがまま眠るように麻酔をかけられた。

数時間後。

「リブリン〜。終わりましたよ。目を開けられるかな?」

リクチャーはティッシュみたいな優しい声で、
リブリンに声をかけた。

リブリンは深く幸せな夢からポワポワ笑顔で目を覚ました。

「あら、リクチャー先生。もう終わったの?なんだか気持ちのいい夢を見ていたようだわ」

リブリンはあっという束の間の出来事と共に苦しんでいた痛みからも解放された。

「それはよかった。もう治ったよ。身体は健康さ。」

「リクチャー先生ありがとう。全く何も違和感がなくなったわ。さすが。あなたは天才医師ね。」

リブリンはいつもリクチャーの手の施しようを"天才"と称えた。

そして別の日のこと。

この日もリクチャーの元には町を越えていろんな地域から患者がきていた。

「リクチャー先生こんにちは。」

「こんにちは、マイツ。元気だったかい?今日は一体どうしたんだい?」

マイツは13歳の少年。

少し身体が弱く、風邪なり怪我で幼い頃からリクチャーの元によくくる患者の1人だった。

「今日はなんだか頭がずーっとズンズン痛むんだ。僕病気かなあ?」

マイツは頭を握り拳でぐりぐりしながらリクチャーに投げかた。

「マイツ、安心しなさい。大丈夫。今日すぐ治るからね。あの台に寝転べるかい?痛くないように魔法のお薬使うからね」

そういうとレクチャーは手術台に寝転がったマイツの頭をそっと触りながら麻酔を使って眠らせていく。

2、3分手のひらで頭の中を探すと、
レクチャーは謎の光が出る掃除機のような機械をマイツに当てた。

「マイツ、痛くないだろ?もうすぐで終わるからな。いい子だ。」

「レクチャー先生、僕、全然痛くない。
なんだか眠くなるほど気持ちいよ。」

部分麻酔の効いたマイツは眠くなる心地よさを感じていた。

それから数十分。

「さぁ、おわりだ。もう頭に悪さしていた悪者も退治しといたからね。ご安心を。」

リクチャーは複雑な迷路みたいに顔にシワをたっぷり作って笑ってみせた。

「レクチャー先生、ありがとう!」

そういってマイツは母親と病院を後にした。

その日も何変わらず人々を厳しい顔から笑顔に運ぶ仕事をこなす。

でもそれはリクチャーのほんの太陽が見ている時間の姿だった。

イラスト:岡田千晶

18:30。

リクチャーは病院の札を裏返し"CLOSE"にした。

院内を綺麗に片付けて、こと細かに鍵や南京錠をかけていく。

そして右手にひとつの小さな手持ち金庫のようなものを持ってリクチャーは病院を閉めた。

夕日もいなくなり、空に合わせるように町は徐々に閉まっていく。

石畳の町をリクチャーはスタスタと歩き、細道を変えて自宅へと帰っていく。

あたりは完全なる静まり返り、ここには人が住むような住宅すら見えなくなる。

そんな場所にリクチャーの自宅はあった。

一瞬ではまるで空き家のようにすら察してしまうほどの暗く黒い家。

そこにリクチャーは慣れた手つきで入っていった。

家にはいるとロマンティック家具が並んでいたりとやたらヨーロッパに忠実な内装になっている。

あまりにも煌びやかな部屋だ。

そんな部屋のソファに見向きもせず真っ先にリクチャーは奥の奥にひっそり真顔で立つ銀の扉をあけた。

そこには、完璧に道具や照明が設備された手術室が。

「今日の土産、土産。」

と、えくぼを底なし沼のように凹ませ笑うリクチャー。

病院からもってきた手持ち金庫から嬉しそうに何かを出そうとしている。

「今日は君だ。」

そんな風にプツリと呟きながら手にしたもの...。

それはさっき治療したの脳の一部だった。

あたかも瞬時に治したかのようにみせていたマイツの頭痛だったが、なんとリクチャーの斜線を書いたような手のひらで脳の一部を楽しげに見つめていた。

「これが今日の褒美か。よし」

と決心した顔つきの中ヌルリと血液がポツポツ手のひらに持った脳の一部からこぼれ落ちる。

そういうと、引き出しから今度は手術用のメスを持ちだした。

足早に全面鏡だらけの壁に向い、
笑みを抑えられないような顔をしながらリクチャーは、首のあたりから膜のようなものを剥ぎ取りだした。

その勢いのまま、「うゔゔゔー」と奇声と共に顔を覆っていた顔の皮膚を剥がし始めたのだ。

ミシミシ、ミリミリ、あまりにも鳥肌が立つ音とともに素顔が露わになってゆく。

その顔は、縫い目だらけのリクチャーの本当の姿だった。

そう、この天才医師と言われ続けたリクチャーは、あまりにも奇才を突き抜け受け持った全患者全ての身体の一部を誰にも知られることなく持ち帰っていた。

そして持ち帰るだけではなかったのだ....

リクチャーは、慣れ親しんだようにメスで自分の頭を軽々と切っていき、広げた。

麻酔など必要なく、ただただこの行為に全ての幸せを感じている。

そして、昼間あっけなく治したマイツの脳の一部を自分の脳の一部に縫い合わせていく。

鏡で自分の脳天を確認しつつ、奇才的感覚でマイツの脳の一部とリクチャーの一部は繋がっていく。

見事なまで完璧に。

リクチャーは開いた脳天の一部を糸と針で縫い合わせていく。

縫い合わさった皮膚を手のひらで確認すると、
古びた音色だらけの椅子にドワっと腰をおろした。

「はぁぁあ〜」

気持ちいい深呼吸を、ゆっくりと味わう。

リクチャーの世界一幸せな時間だ。

リクチャーは切ってない皮膚がないほど、
身体中に縫い合わせた跡がある。

数々の患者たちの生き様の一部を自分に合流させることで、最多なる活力と奇才力を保ってきた。

表にでれば、重大犯罪になるこの奇行。

リクチャーは誰に漏れることなく人知れず、
合成皮膚を作成し、自分の年齢に合わせて少しずつ変えていき、自然な顔すら再現しているのだ。

このリクチャーの身体には数万人となる患者たちの血が巡り、リクチャーの身体を生きている。

高濃度刺激しか受け付けない身体になったリクチャーはこの先40年以上も自己延命をのちにする。

リクチャーの死後、この事件はようやく発見されたのだ。

完。

(編集部より)本当はこんな物語です!

 南仏マルセイユの貧しい家に生まれ育ったノエルは、生まれ持った抜群の美貌を武器に、男たちを次々に手玉に取って富と名声を手中に収めていきます。しかし何としても手に入れたいのは、若い頃に運命的に出会い、捨てられた元恋人のラリー。ノエルは人生を賭け、ラリーを自分のものにすべく、ありとあらゆる策を講じていきますが……。

 原作は、アメリカでテレビドラマの脚本家として脚光を浴びたシドニィ・シェルダンが1973年に発表した小説第2作。日本では『真夜中の向う側』として1977年に刊行され、その後、出版社が替わって現在のタイトルに改題されました。愛憎が複雑に絡み合う人間模様や、どんでん返しが続くストーリー展開で世界的な人気作家となったシドニィ・シェルダンは、日本でも『ゲームの達人』などがベストセラーとなり、ドラマ化もされています。