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「満腹の惑星」書評 強靱な胃袋が記す「生」の味わい

評者: 野矢茂樹 / 朝⽇新聞掲載:2024年04月20日
満腹の惑星 誰が飯にありつけるのか 著者:木村聡 出版社:弦書房 ジャンル:ノンフィクション

ISBN: 9784863292826
発売⽇: 2024/03/30
サイズ: 2×21cm/272p

「満腹の惑星」 [著]木村聡

 悲惨な話である。内戦で故郷を追われたリベリア難民。宗教的なマイノリティであることからエジプト最大のスラムのさらにその一画、「ゴミの町」と称される地区に追いやられ生活する人々。あたかも「留置場」と化したバルカン半島の難民キャンプ。ミャンマー軍の攻撃から逃れるためにバングラデシュに避難してきたロヒンギャたち。そのルポルタージュ。
 読むと彼らの困窮した状況が迫ってくる。が、しかし、確かに悲惨な話なのだが、むしろその底に流れる生命力、ときに喜びが伝わってくる。木村さんは彼らの生活の中に入っていき、彼らと同じ飯を食う。そう、「飯を食う」。これなのだ。
 人は食べた物でできている。郷里の味、生まれ育った家の味。だから、そんな自分を作ってきた食べ物こそが「御馳走(ごちそう)」となる。サツマイモの葉を炒め、肉やスパイスとともに水分がなくなるまで煮込んで作るポテトグリーン。わずかな肉片の浮いた臓物のスープ、チュケンベ・チョルバ。腐ってるとしか思えない異臭を放つ魚介をニンニクと唐辛子で炒めたもの。田ネズミの鍋。それはわれわれから見たら貧しい食事かもしれない。だがそれこそが真の御馳走なのだ。木村さんはそれを彼らとともに食う。一食だけじゃなくて毎日食ったりする。
 情けないことだが、たぶん私はだめだろう。だってそれらは私を育ててきた食事からかけ離れている。のどを通りさえしないんじゃないかな。だけど木村さんはそれを食べて「美味(うま)い」と言う。なんて強靱(きょうじん)な胃袋。「強烈な臭いが熱を通されて和らぎ、深いうま味が引き出されてなかなか沁(し)みる味わいだった」とか、木村さんの胃袋は彼らの暮らしをまっすぐに咀嚼(そしゃく)し呑(の)み込む。そして胃袋がそれを文章にする。
 胃袋が文章を書くと、ダイレクトに「生きる」ということが伝わってくる。喜びと、苦みと、悲しみが入り混じった味がする。
    ◇
きむら・さとる 1965年生まれ。フォトジャーナリスト。『千年の旅の民 〈ジプシー〉のゆくえ』『メコンデルタの旅芸人』など。