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「あきらめる」書評 苦悩し、振り返り、思索の末に

評者: 山内マリコ / 朝⽇新聞掲載:2024年06月15日
あきらめる 著者:山崎 ナオコーラ 出版社:小学館 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784093801294
発売⽇: 2024/03/15
サイズ: 13×18.8cm/336p

「あきらめる」 [著]山崎ナオコーラ

 たしかに現実世界だけれども、ちょっと違う。「すこしふしぎ」な方のSF小説だ。
 早乙女雄大は川沿いを散歩中に、子供を連れた同じマンションの住人・輝(あきら)に出くわす。輝は「親と見える人」だ。ジェンダー(社会的性差)は薄まり、性別を表す言葉は避けられている世界。ゆえに、母も父もない。態度や言葉選びを細かく配慮する雄大は、アップデート済みの価値観を持つ〝成熟者〟である。
 成熟者とは、老人・高齢者・シニアと呼ばれることを好まない人々が増え、新しく生まれた流行(はや)り言葉。かように言葉は時代と人の心を映す。タイトルの「あきらめる」も然(しか)り。語源は「明らかにする」だから、古語の「あきらむ」は物事を明晰(めいせき)にする、よい意味合いだったという。
 雄大は家庭を持っていたが、性的にマイノリティー。カミングアウトし長年好きだった人の最期に付き添う。少数派を自認する雄大とて、差別心がないわけではない。自分の子を前にすると盛大にバグり、昭和のオヤジ的な態度を見せる。そして、自分の元を去った妻を追って、ある場所へと向かう。火星だ。
 政府主導で進められる火星移住は、地球での生活に行き詰まりを感じる人々が応募するケースが多く、「地球を愛していないのか」といった批判もある。移住希望者は誰にも相談できず、一人で抱え込みがちという。
 輝は発達に特性のある子と、ネグレクトされた近所の子の養育を引き受ける「育てる人」だ。難しい子育てに悩みつつ、みんなで火星に行く。
 とはいえ本書を、家族や親子の話と、窮屈に括(くく)るのはよそう。生まれてしばらくは誰かに育ててもらわないといけないだけの話。刻々と変わる現状に苦悩しつつ、昔を振り返りつつ、みなそれぞれに、自分をあきらめることへと向かい出す。
 時に川沿いを散歩しながら、山を登りながら。勇敢に己を思索し、自分を明らかにするのだ。
    ◇
やまざき・ナオコーラ 2004年に『人のセックスを笑うな』で作家デビュー。本書はデビュー20周年記念作。