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宇津木健太郎さん「猫と罰」インタビュー 漱石の愛猫が現代に転生すると

宇津木健太郎さん=種子貴之撮影

読むことと書くことは繋がっている

――日本ファンタジーノベル大賞2024、大賞受賞おめでとうございます。同賞は森見登美彦さん、小田雅久仁さんなど個性ある作家が多数輩出してきた賞ですが、応募のきっかけは。

 僕の小説はあるアイデアやキーワードを出発点に、世界観を拡げていくというものが多いんです。これまでジャンルをあまり気にせずさまざまな賞に応募してきましたが、自分の作風に合うのはミステリーやSFよりもファンタジーかもしれないと気づいて、受け皿になってくれそうな賞を探したんです。結果として大賞をいただくことができ、良かったなと思っています。

――創作を始めたのはいつからですか。

 小学生の頃だったと思います。家族がみんな本好きで、家中どこにでも本が置いてあるというような環境だったので、自然と本を読む子になりました。そのうちに自分でも書いてみたいと思い始めて、見よう見まねで創作を始めました。もちろん子どもなので、好き勝手に書いていただけですけどね。読むことと書くことは、僕の中で違和感なく繋がっているという感じです。

――プロの作家になりたいと思っていましたか。

 いつかはデビューしたいと思っていました。新人賞への投稿を始めたのは社会人になってからで、年に2、3作いろんな賞に作品を送っていました。平日は仕事があるので、帰宅後や土日の時間をやりくりして原稿を書くという暮らしが6、7年は続いたと思います。創作仲間もいなかったですし、自分一人でこつこつと書き続けていたという感じです。その頃の孤独感や焦りは、『猫と罰』にも投影されているんじゃないでしょうか。

――影響を受けてきた作家や作品は?

 たくさんあって挙げきれないのですが、小説家になりたいと思った原点ははやみねかおるさんです。同世代の本好きの大半は、はやみねさんのミステリー小説の影響を受けているはずですよ。ファンタジー系では宮沢賢治の作品に特に惹かれます。信号機を擬人化した「シグナルとシグナレス」のような、独特のものの見方をベースにした童話は憧れですし、ひとつの理想でもありますね。

宇津木健太郎さん=種子貴之撮影

文豪に可愛がられた猫たちが古書店に集う

――日本ファンタジーノベル大賞2024の大賞に輝いた『猫と罰』は、文豪に飼われていた猫たちが現代に転生してくる、という猫好きにはたまらないファンタジー小説です。どのように着想された作品ですか。

 近所の行きつけの本屋さんで『文豪の愛した猫』(開発社編著、イースト・プレス)という本を見つけて、文豪に飼われていた猫たちが出てくる物語のアイデアが浮かびました。それを肉づけして、ファンタジーに仕上げていったという感じです。文豪と猫のエピソードを紹介したこの本に出会っていなければ、『猫と罰』は生まれていなかったと思います。

――語り手を務めるのは、かつて夏目漱石に飼われていて、名作『吾輩は猫である』に登場する猫のモデルにもなった黒猫。

『文豪の愛した猫』を読んでいて、一番興味を惹かれたのが漱石と黒猫のエピソードでした。かんしゃく持ちで知られる漱石が、ふとした気まぐれで野良猫を家に居つかせて、そのくせ名前もつけようとしない。でも膝の上に載せて、可愛がってやったりする。この関係がなんだか微笑ましくて(笑)。漱石はこの猫のことを、内心とても大切にしていたんだろうなと感じるんです。

――この作品に登場する猫たちは、それぞれ9つの命を持っているという設定。3つめの命で漱石と出会った黒猫は、その後も転生をくり返し、令和の時代に9回目の生を送っています。

 猫に9つの命があるという言い伝えは、ファンタジーに親しんでいる人ならよく知っているものだと思います。漱石が猫を大切にしたように、猫にとっても漱石と過ごした日々は忘れられないものだったはず。その後、他人に期待することなく生きてきた猫が、9つめの命でついに大切なものを見つけ出す、そんな物語にしようと思いました。

――孤独に生きてきた猫は、ひょんなことから多くの猫が暮らす古書店・北斗堂と関わりを持つようになります。

 他の文豪に飼われていた猫たちをどうやって登場させようかなと悩んで、猫でいっぱいの古書店、という設定を思いつきました。文豪に可愛がられていた猫たちが集まってくる理由や、魔女と呼ばれる店主の秘密、店主の担わされている運命などについては、プロットを作りながら考えていった感じです。この設定を誉めていただくことが多いんですが、割と後から思いついた部分なんですよ。

――北斗堂で暮らしているのは、前世で室生犀星、稲垣足穂、池波正太郎などに飼われていた猫たち。名だたる作家との思い出は、どれも印象深いものですね。

 作家と飼い猫にまつわるエピソードは、できるかぎり事実に沿って書いています。稲垣足穂が過去に猫をいじめたことを悔いて、文字どおり飼い猫を猫可愛がりしていたというのも事実ですし、室生犀星が猫の前脚を火鉢に載せてやったというのもよく知られたエピソードです。あえて名前を出さなかった作家もいますが、ヒントをちりばめているので推理してみてください。

『猫と罪』(新潮社)

孤独に創作を続ける人たちへのエール

――北斗堂の常連客には、小説家を目指す少女・神崎円がいます。円は店主の北星恵梨香に原稿を読んでもらいながら、こつこつと小説家修業を続けます。

 文豪にまつわる物語なので、小説や創作を中心的なテーマにしたいと思っていました。円のキャラクターには、新人賞への投稿をくり返していた過去の自分が投影されていますね。認められない孤独感とか、満足のいく作品が書けた喜びとか、そうした創作に関する悲喜こもごもを盛りこみました。小説に限らず、何かを孤独に作り続けている人たちへのエールになればいいなと思っています。

――何としても小説を書きたいという円に、恵梨香がそれは「物語を紡ぐ呪い」なんだと告げるシーンが記憶に残ります。

 自分でもなぜ小説を書いているんだろう、と考えることがあるんです。その時々でそれらしい答えを出すんですが、結局は「書きたいから書いている」に尽きるんですね。書かなくちゃいけない、という強迫観念めいた思いもあります。これを一言で表現すると、やっぱり呪いということになるんじゃないでしょうか。

――人生にとって創作はどんな意味を持つのか。北斗堂や恵梨香の秘密とも関わる、本書のメインテーマですね。

 小説にしても音楽にしても絵にしても、実生活に必要不可欠なものではありませんよね。ある意味、無駄なものでもある。でもいつの時代も人間はそれらを作ろうとしてきた。創作という行為は人間にしかできない、素晴らしい何かなのだと思います。人間ではないものが登場するファンタジーを書いたことで、そうしたテーマをあらためて浮き彫りにすることができました。

――北斗堂で暮らす猫たちは、ときには寿命で、ときには人間のエゴによって世を去っていきます。限りある命をどう生きるのか、というシリアスな問題にもしっかり向き合っていますね。

 選評ではユーモアの部分を誉めていただいたんですが、これまで書いてきた作品は割とシリアスめなものが多かったんですよね。悲しいことですが、普通に考えて猫の一生は人の一生よりはるかに短い。そこから目を背けて、楽しいエピソードだけを並べるのは不誠実だと考えたので、猫の命のはかなさをきちんと書こうと思いました。

――漱石との思い出を胸に生きてきた黒猫は、9つめの命をどう使うのか。人と猫の繋がりを感じさせる展開に、思わず感涙でした。

 小説を書くときに大切にしているのは、登場させたキャラクターは必ず内面的に変化させること。さまざまな出会いや事件を通して、内面的に変化していく姿を描きたいと思っています。一人で生きることも悪くはないですが、世の中は見えないところで支えたり支えられたりして回っているもの。孤独じゃないよというのも、本書のテーマかもしれないですね。

――ちなみに宇津木さんは猫がお好きなんですよね。

 もちろんです(笑)。猫派か犬派かでいったら断然猫派ですね。猫を飼いたいんですが、仕事で日中家を空けているので、満足に世話ができる自信がない。猫好きだからこそ、無責任なことはしたくないんです。状況が変わればすぐにでも飼いたいですが、それまでは近所の猫を愛でることにしています。

宇津木健太郎さん=種子貴之撮影

次回作は本格的なホラーに

――宇津木さんのデビュー作は、2020年に第2回最恐小説大賞を受賞した『森が呼ぶ』(竹書房)。『猫と罰』とはかなりテイストが異なる、異色のホラー長編でした。

『森が呼ぶ』は初めて挑戦したホラー小説だったので、自分が怖いと感じる要素を全部入れてみたんです。ジャパニーズ・ホラーのじめっとした怖さと、ゾンビものやモンスターパニックものの動きのある怖さ。どちらも好きだったので、両方のテイストを混ぜ合わせてみました。さらに自分が一番怖いと感じるクトゥルフ神話の要素も盛りこんでいるので、読者からよく「こんな話になるとは思わなかった」と驚かれます(笑)。

――ホラー映画もかなりお好きなのでは、と『森が呼ぶ』を読んでいて感じましたが。

 ホラーに限らず、映画は好きでよく観ています。ただつい作り手目線になってしまって、「この恐怖表現は新しい」とか分析してしまいます(笑)。昔のように素直に怖がれたらいいんですけど。

――活字のホラーも読まれていますか。

 そんなに集中的に読んできたわけではないですが、小林泰三さんの作品が好きです。10代の頃に読んだ『玩具修理者』という作品が強く印象に残っていて、最近角川ホラー文庫で復刊された作品を続けて読みました。『肉食屋敷』に収録されている「獣の記憶」という短編がすごかったです。ファンタジーかと思いきや思いも、寄らない結末が待ち受けている作品で衝撃的でした。

――ショッキングな展開を含むホラー長編『森が呼ぶ』と、優しいまなざしに満ちた『猫と罰』。まったくテイストの異なる2作を発表した宇津木さんですが、次回作はどんなものを予定していますか。

 次はホラーを書くつもりなんです。すでにプロットを提出して、冒頭を書き始めたところです。うまく書き上げることができたら、『猫と罰』を読まれた方が温度差で風邪を引くような、本格的なホラーになると思います(笑)。これからもあまりジャンルは気にせず、好きなものを書いていきたいですね。次に何を書くか分からない、という作家の方が注目してもらえる気もしますし、どんどん新しいジャンルに挑んでいきたいと思っています。