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名手が描く幽霊と触れあうホラーを堪能 お盆の読書にオススメの3冊

円熟味増すキング、死者の姿が見える少年の成長物語

 ホラーの巨匠、スティーヴン・キングの長編『死者は嘘をつかない』が邦訳された。文春文庫のオリジナル長編として土屋晃が訳した。主人公ジェイミーは死者の姿が見え、言葉を交わすことができる少年。怖い目に遭うことも多いが、その特殊な力はまんざら役に立たないわけでもない。たとえばご近所の奥さんが亡くなった際、消えてしまった結婚指輪のありかを“本人”に尋ねたり、担当する人気作家が急逝して途方に暮れていたジェイミーの母(シングルマザーで文芸エージェントをしている)のために、未完の小説のプロットを聞き出したり。ところがある事件の捜査に協力したことから、彼の運命は大きく動き始める。

 人とは異なる能力を備えたティーンエイジャーといえば、過去のキング作品『シャイニング』や『ファイアスターター』が思い浮かぶが、本書は恐怖や絶望感に満ちた剛速球というよりは、楽しみながら放ったスローカーブといった趣。厄介な能力とそれなりに共存しながら、現代っ子らしい青春を送るジェイミーの姿が、味わい深く描かれていて引き込まれる。

 幽霊が見える主人公自体は決して珍しいものではないが、本書はそこに“死者は嘘をつかない”という独自のルールを盛りこむことで、絶妙なサスペンスを生み出してみせる。このあたりのさじ加減はさすがにキング。ジェイミーがくり返し述べる「これはホラーストーリーだ」という不気味な言葉の真意が分かった瞬間、読者は言いようのないショックに打たれることだろう。喜寿を目前に控えていよいよ円熟味を増す、キングの筆力をあらためて実感できるエンタメホラーの良作だ。

浅田次郎の達意の語り口を堪能できる自伝的怪談集

『完本 神坐(いま)す山の物語』(双葉社)は、浅田次郎が2014年に発表した連作集『神坐す山の物語』に、書き下ろしや未収録作などを加えた“御嶽山もの”の集大成。霊山として知られ、著者の母方の一族が暮らしてきた奥多摩・御嶽山を舞台にした不思議な物語を10編収めている。

 心中を決意して真冬の山を登ってきた若い男女の悲劇「赤い絆」、少女に取り憑いた狐を神主であった曾祖父が懸命に落とそうとする「お狐様の話」、日露戦争の時代を背景に生と死の不思議を感じさせる「兵隊宿」など珠玉の怪談の数々は、神や霊、狐や天狗の存在を当たり前のものとして受け入れていた、山頂の屋敷での暮らしを鮮やかに浮かび上がらせる。ここには現代都市部で語られる怪談とはまた違った、しみじみとした怖さと懐かしさがある。

 本書は御嶽山頂の神社を代々守り続けてきた、著者を含む一族のファミリーヒストリーの側面が強いが、同時に無数の死者たちの面影を通して、近代史の片隅に光を当てる試みでもある。関東大震災時の悲劇を扱った書き下ろし「山揺らぐ」を読んであらためてそう感じた。今は亡き先人たちを偲びながら、達意の語り口を堪能してほしい。

彩藤アザミの魅力が生きる軽妙だが怖いバディもの

 上記2冊は幽霊が見える人の物語だったが、彩藤アザミ『幽霊作家と古物商 黄昏に浮かんだ謎』(文春文庫)は幽霊になった人の物語。主人公の長月響は、気づくと幽霊になってしまっていた小説家。仕事はネットを通じてなんとか続けているが、誰にも存在を気づかれない毎日は単調で退屈だ。そんなある日、霊感のある古物商・御蔵坂(みくらざか)類と知り合い、お互いトラブルを解決しあうパートナーとなる。

 北陸の古都を舞台にし、いわくつきのアンティークを多数登場させるなど、耽美的な作品で知られる彩藤アザミらしい展開がある一方、いつも以上にキャラクターとストーリーに重点を置いた、軽妙だがピリリと怖いバディホラー。類が買い取った万年筆がひとりでに文字を書く「血文字」、子猫の幽霊と知り合った響がその魂を成仏させる「大蛇」など、ひねりの効いた13編を収めている。個人的なベストをあげるなら、首を切り裂かれて捨てられているぬいぐるみの秘密を扱った「模様硝子の向こう」。この真相には思わずぞっとさせられた。

 なお本書には響はなぜ死んだのか、死体はどこにあるのかという大きな謎が、未解決のまま残されている。幽霊の物語が私たちを惹きつけるのは、怖いもの見たさの興味に加えて、生きることと死ぬことという根源的な問題に触れてくるからだろう。響の過去が明かされるはずの続編を楽しみに待ちたい。