ISBN: 9784163918662
発売⽇: 2024/06/26
サイズ: 13.7×19.6cm/256p
「わたしたちの担うもの」 [著]アマンダ・ゴーマン
二〇二一年一月、アメリカ大統領選挙に不正があったと訴える人々が、合衆国議事堂を襲撃した。国家転覆のクーデターともとれる衝撃的な事件が起こったその二週間後。バイデン大統領の就任式に、一人の詩人が登壇した。
鮮やかな黄色いコートに身を包み、編み込んだ髪を深紅のヘッドドレスが飾る。中継を見ていた誰もが、まだ無名の詩人アマンダ・ゴーマンの放つインパクトに息を呑(の)んだことだろう。アフリカ系アメリカ人、当時二十二歳という記録的な若さだった。
静寂の中で五分超もの間、リズムを刻み歌うように自作の詩を朗誦(ろうしょう)した。ひれ伏したくなるほどの威厳があった。
彼女はいったい誰?
朗読した詩『わたしたちの登る丘』には、ちゃんと自己紹介が盛り込まれている。
「痩せっぽちの黒人の少女、奴隷の末裔(まつえい)にしてシングルマザーに育てられた娘」
つまりは、人種差別、性差別、そして貧困のトリプルパンチを喰(く)らう存在であることを意味する。そういったバックボーンの持ち主が、国家的なイベントで大役を務める。自由の国アメリカの、面目躍如ともいえる抜擢(ばってき)。分断され壊されてしまった国を、詩によって修復するような迫真の約五分間だった。
その年の暮れに刊行された第一詩集である本書は、当然注目を集め、全米で百万部のベストセラーに。多くの読者の心の支えになったであろう、白波を裂きながら海をまっすぐに進む、船のような本だ。ブルーで統一されたカバーをめくると、『船のマニフェスト』で幕を開ける。そこで彼女はこう予言する。
「これからわたしたちに課せられる最大の試練は/証言することだろう」
コロナ禍の真(ま)っ只中(ただなか)を駆け抜けた若い魂が、瞬間瞬間をこれでもかと詩に刻み込む。あのとき社会を覆っていた感覚そのものが記録される。大人たちは早く忘れたがり、事実もう忘れてしまっているあの日々が、詩という形でパッキングされる。なぜなら、「あなたの中に過去を打ち返すのは詩人の仕事」だから。
すべての言葉から、二重三重の意味が読み取れる。そこには黒人差別と奴隷制の歴史があり、銃乱射事件の記憶があり、地球環境への警鐘がある。重層的なイメージが無数の韻によって連打される。時に文字をクジラや星条旗の形に並べ、レイアウトで遊びながら。翻訳は極限までそれを日本語に移行し、押韻の心地よい快感を伝えている。
自分の場合、心が疲れているときは詩集に手が伸びる。再び選挙の季節。本書を、取り出しやすい場所に置いた。
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Amanda Gorman 1998年生まれ、米ロサンゼルス在住。米大統領就任式で朗読した史上最年少の詩人で、米国のZ世代の代表的存在とされる。