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「奪還」書評 国策の無残な誤りを個人で負う

評者: 保阪正康 / 朝⽇新聞掲載:2024年08月17日
奪還:日本人難民6万人を救った男 著者:城内 康伸 出版社:新潮社 ジャンル:ノンフィクション

ISBN: 9784103137337
発売⽇: 2024/06/17
サイズ: 19.1×2cm/224p

「奪還」 [著]城内康伸

 敗戦時の外地からの引き揚げで、一般邦人がいかに過酷な体験をしたかは数多く語られてきた。本書もその系列に属するが、類書と異なるのは二つの特徴があるからだ。
 ひとつは、松村義士男という一民間人が、北朝鮮からの集団帰国を実現させたという事実。もうひとつは、近代日本の植民地政策の無惨(むざん)な結末が浮かび上がるという歴史的現実。大きく言えば国策の誤りを個人で負うというのがテーマである。
 敗戦時、北朝鮮地域にはおよそ25万人の日本人が住んでおり、敗戦前後に旧満州から7万人の避難民がなだれ込んだ。北緯38度線の事実上封鎖、脱出禁止などで、帰還のメドが立たないとき、松村ら個人がソ連などと話をつけ、38度線以南に避難民を送り込んだ。驚くことに、引き揚げが公認された1946年12月、北朝鮮には8千人が残っていただけであった。
 この裏には松村だけでなく、日本人協力者がいるわけだが、「引き揚げの神様」と言われた松村には、「近代史」に怒る冷徹な心理が読み取れる。共産主義運動の同調者として2度検挙され、20代前半には筋金入りの活動家だったという。
 松村は北朝鮮地域では建設会社で中国人、朝鮮人労働者の管理に携わった体験もある。敗戦後、咸鏡南道(ハムギョンナムド)の中核都市、咸興(ハムン)で「朝鮮共産党咸興市党部日本人部」という看板を掲げ、日本人の相談事を引き受けるなど、その行動はスピーディーで、事態を読む力があった。
 咸興からの集団脱出計画では、食料の窮迫状況と、ソ連人や朝鮮人の対日感情を利用し日本人の脱出意欲を高めていく。移動禁止の中、闇のパスポートの黙認を当局に迫るなどは、まさに民間人の知恵と度胸の結集であった。やがて興南(フンナム)でもこうした集団脱出が進む。
 本書は資料をもとにこれらの集団脱出を語り、貴重な引き揚げ史ともなっている。67年に大阪で亡くなった松村が、戦後をどう生きたか、その足跡はわからないという。
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しろうち・やすのぶ 1962年生まれ。中日新聞社を2023年に退社し、フリーに。著書に『昭和二十五年 最後の戦死者』など。