ISBN: 9784582839630
発売⽇: 2024/06/21
サイズ: 13.6×19.3cm/400p
「林達夫のドラマトゥルギー」 [著]鷲巣力
戦後80年を迎えんとする今、戦前・戦中・戦後を生き抜いた知識人も、遠いかなたに追いやられる運命を持つ。かの林達夫(1896~1984)もその運命を避けがたい。林の謦咳(けいがい)に接した編集者による林の集大成であり、林をとことん読み抜こうとする意欲あふれる本である。
全部で5幕構成からなり、3幕「思想運動としての編集」、4幕「方法としての反語」、5幕「何が林達夫を支えたのか」の議論が、自己を語ってなるほどと納得させられる。著者は「林の生涯にわたる活動は、執筆、翻訳、編集の三つの領域で繰り広げられた。その示導動機は『役割演技』と『反語』である」と述べる。かくて著者は、林の知的人生を「演技」と「反語」という最も証明しにくい観点から読み解いていく。
中でも一番スリリングなのは、1940年の新体制運動から戦後のアメリカ占領期を経て、51年の「共産主義的人間」の公表までである。『思想の運命』と『歴史の暮方』に収められた文章は、林の見通しの確かさが評価された。戦中の東方社『FRONT』に加わった理由を、著者は単なる迎合とも消極的態度とも見ない。それこそ「反語」と「演技」の精神の発揮なのだ。
面白いのは林が戦中に庭をつくり、「作庭記」を書いたことである。まさに「シェークスピア・ガーデン」。とっぴかもしれないが〝自由主義政治家〟として戦中逼塞(ひっそく)を余儀なくされた鳩山一郎が、これまた花から野菜畑、そして池をそれこそ軽井沢の地に「作庭」した事実を思い出すとき、「作庭」の反語的意味が広がりを持ってくる。
戦後もその占領にいら立ちながら、林は中央公論社、角川書店に関わるものの、自らの役割を演じきるに至らず退いてしまう。残された大仕事は平凡社での百科事典であり、これは成功した。林自身の〝百科全書〟的存在の意味が、ここで一つ完結したのであろう。
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わしず・つとむ 1944年生まれ。平凡社「太陽」編集長などの後、立命館大客員教授を務めた。著書に『書く力』など。