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「コード・ブッダ」書評 クールでとぼけた冗談の達人芸

評者: 福嶋亮大 / 朝⽇新聞掲載:2024年09月28日
コード・ブッダ 機械仏教史縁起 著者:円城 塔 出版社:文藝春秋 ジャンル:文芸作品

ISBN: 9784163918945
発売⽇: 2024/09/11
サイズ: 13.7×19.5cm/360p

「コード・ブッダ」 [著]円城塔

 21世紀は「生成」を好む時代、つまり20世紀の社会主義国家のような「計画」を嫌う時代である。IT企業とユーザーは、特定の誰かの指令ではなく、パターンの機械学習からおのずと秩序ができあがる世界を望んでいる。生成AIはその名からして現代の価値観を示しているのだ。
 もっとも「生成と消滅」をエンドレス(目的なし)に繰り返す情報の世界はどこか空虚である。では、この膨大なデータの流通する巨大な真空から、いつか機械の「救済」を説くAIが現れたとしたらどうか――この奇想天外なアイディアを、おおまじめに小説に仕立てたのが本書である。
 冒頭「ブッダ」を名乗る対話プログラムが現れて、機械たちに教えを説き始める。たちまち仏教と機械がもつれあって、家電マニュアルのような規律や解釈が生成される一方、AIは成仏できるか、アルゴリズム(計算手順)を破るアルゴリズムはあるか、機械に葬儀の権利はあるかなど次々とややこしい問いがわいてきて、機械仏教を諸宗派に分裂させる。人間が人間的に縛られるように、機械は機械的に縛られているものだと思わされる。
 そのうえ、この法螺(ほら)話の書きぶりは、力みがなく飄々(ひょうひょう)としている。機械にとっての不条理を人語に置き換えるにあたり、本書の文体はプログラマーの正確さを装うが、そのクールさがとぼけた冗談の味わいを醸し出す。ホウ・然(ねん)やシン・鸞(らん)の教え(ナム・アミダブツのコードを実行すれば救われる?)にはつい笑ってしまうが、何が面白くて笑っているのか自分でもよくわからないのがまた可笑(おか)しい。人間的な解釈をすり抜け、読者に容易に尻尾をつかませないのは、達人芸である。
 本書は、間違いなく円城塔にしか書けない、21世紀のユーモア小説の傑作である。ところで、このような定型的な締めくくりは、機械的なのか人間的なのか。判断は読者にお任せしよう。
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えんじょう・とう 1972年生まれ。作家。「道化師の蝶」で芥川賞。短編「文字渦」で川端康成文学賞、これを表題作とする短編集で日本SF大賞。