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鈴木のりたけさん「たれてる」トークとワークショップ 参加者が制作手法を体験

鈴木のりたけさん

 鈴木さんは今月上旬、新作絵本「たれてる」(ポプラ社)を刊行したばかり。これで今年3作目になるという。

 ドーナツの上からチョコレートソースがたっぷり注がれ、おいしそうなチョコドーナツに。でも、量が多すぎてたれてしまう。ページをめくると、棒アイスやいちごクレープがたれたチョコを代わる代わる「ナイスキャッチ」していくのだが……。

 文字が少ないこの本をスクリーンに投影し、「こんなにかける?」「危機回避!」と自作に即興で突っ込みを入れながら読み聞かせを披露した。

どれも没じゃない 試行錯誤は自分の財産

 「たれてる」が生まれるまでには、壮大な試行錯誤があった。発端は2017年にさかのぼる。たいまつを手に洞窟を探検する人が後ろを向いたら懐中電灯を持った人がいた、バナナの皮をむいたら紙のようにビリッと破れた……。思わず「えー!?」と声が出てしまう場面を集めた絵本を考えたが、楽しいのは自分だけかもと思い、企画はストップ。皮をむいたら、バナナが2本になったり、イルカのように海を泳ぎだしたり、あり得ないバナナを想像してスケッチを重ねたがこれもストップ。

 その後、関心はドーナツへ。様々なドーナツを想像するうちに、真っ黒なチョコドーナツを描いていた。すると「絵を見た息子が『たれてる、たれてる!』って盛り上がって。それをストレートにタイトルにしたんです」。

 日の目を見なかった案は多い。「もうちょっと打率を上げたら、って思いますか?」と会場に問い、こう続けた。「でもどれも自分で考えて生み出した財産で、いつ花開くかわからない。没じゃない、全部生きてます。考えを惜しみなく広げるエネルギーが必要だけど、それが楽しい。何があっても面白いことを見つけられるっていう自信にもつながっている気がしますね」

 自宅では3人の子どもたちと、夕食後にする「遊び」がいくつもある。

 紙に思い思いのオリジナルキャラクターを描き、隣の人に渡す。受け取った人はそれを見て命名する。他人が名付けることで、描く方は気楽になり、名前を得た絵が輝きを帯びることがあるのだという。

 「面白い気持ちって、当事者が面白がって作りだしていくんだよということを感じてほしいなと思って遊んでいます」

参加者らは「1」と「0」を組み合わせて形を作り、互いに名前を付けた

ワークショップ 切って貼って名付け合い

 終盤は「ひょうげんのじゅう」と題したワークショップに。鈴木さんが絵の具をローラーで伸ばしたり、ブラシでこすったりしたはがき大のカラフルな画用紙を全員に用意。参加者はそれをハサミでいくつかの「1」と「0」の形に切り抜き、白紙の上に自由に貼り合わせて形をつくる。何に見えるか、参加者同士でふせんに書いて名付けをしあった。

 会場には「たれてる」の原画6点が展示され、イベントの前後に多くの参加者が食い入るように見つめていた。

 神奈川県藤沢市の図書館司書、高治陽子さん(57)は「『たれてる』が完成するまでにいくつもの案が没になったと知ったが、どれもクスッと笑える内容だったのが印象的。すぐに出版できるのでは」。東京都文京区の小学5年、小俣花歩さん(11)は「絵の具で本物のドーナツのような絵が描けるのがすごい。ドーナツやチョコレートを別々の紙に描いて、カッターナイフで切り抜いて重ねているなんて、原画を見るまで気づかなかった」と話していた。(伊藤宏樹)=朝日新聞2024年10月23日掲載