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「コロナの時代」医師・岩田健太郎さん×落語家・春風亭一之輔さん対談 使命にしばられず、動く

春風亭一之輔さん(左)と岩田健太郎さん

お客をつなぐため配信 一之輔さん

岩田 僕、こっそり半沢直樹が好きなんです。

一之輔 こっそりじゃなくたっていいじゃないですか。

岩田 役所とか大学の偉い先生とかに嫌がらせをされたら、やり返す方なんですよ。ダイヤモンド・プリンセス号を降ろされたときもやり返した。あのとき厚労省の役人に追い出されたんですけど、予告しておいたんですよ。最後に「守秘義務ないですよね。ネット上で何を言っても絶対文句は言わないですよね」と確認した。それでユーチューブで動画を公開した。

一之輔 半沢直樹! そのダイヤモンド・プリンセス号のとき、僕は映画を見ているような感覚に近かった。先生がユーチューブで出て来たときは映画の主人公みたいな感じ。どうなるんだろう、この後は、と。映画だったら先生が大活躍してコロナが終息するんだろうけど、現実は、言葉は悪いけどつまみ出された。つらいというか寂しいというか。現実の限界を見ましたねえ。

 僕らの商売でいうと、ダイヤモンド・プリンセス号の問題のあとくらいから寄席が中止になって。噺を聞かないなら聞かないで、お客さんって我慢できちゃうんですよ、意外と。常連さんが、週に3、4回来る人が「落語って聞かなくても平気だな」と言う。それは寂しいし、危機感を感じましたね。だから、ユーチューブで配信してみようかと思ってやったんです。

岩田 僕も何回か聞きました。1回はライブで聞いて、あとはジョギングしながら聞いていました。走りながら師匠の落語をよく聞くんですよ。時々笑ったりして。見ている人がいれば気持ち悪いと思いますが。

一之輔 笑っている人が突進してくるというのは……。でも、落語は走るペースに合っているかもしれないですね。僕も、お稽古するときは歩きながらというのが多いですね。ブツブツ、ブツブツと。ユーチューブに話を戻すと、生で見ている人が多くてびっくりした。落語を毎日聞くって、こういう感じだったなと思い出してもらえた。つなぎとめる役目にはなったかなと。生が一番いいんだけれど、一つの選択肢としてはいいのかなと。聞けない環境にいる方もいらっしゃいますからね。病床にいる方とか海外の方とか。アメリカのテキサスで見ている人、いましたよ。

岩田 僕も子どもの時は生で落語を聞けなかった。島根県の生まれで、田舎だったから。体が弱かったので、学校を休んだ時に布団の中で、父親が買った円生の落語のテープをずっと聞いていた。クックッと笑いながら。ただ、まくらがめちゃめちゃ長い。小学生はそこで挫折する。

一之輔 大人でも挫折します。

岩田 子どものころ、若い人で落語を聞く人はいなかった。年寄りが聞きに行くものだった。今は若い人も聞く。寄席は小さいし、こぢんまりとみんなで楽しむのは、これからの日本と親和性が高い。

一之輔 僕はみんなでワーッと騒ぐよりこっちの方がいいなと、みんなが知らないこんな所があったんだと、寄席に入っていったんです、高校生のとき。日だまりみたいな所だった。

岩田 今、しゃべるときはマスクされているんですか。

一之輔 いえいえ。お客さんはされていますけど。シールドもつけない。

岩田 大声を出すネタは選ばない?

一之輔 それは、個人の裁量で。僕はあまり意識しない。まずいですかねえ?

岩田 距離さえ保てばあまり問題ないでしょう。音楽関係の飛沫の実験では管楽器、ピアノ、弦楽器はほとんどだいじょうぶ。声楽とか、歌を歌うのは少しリスクがあって、コーラスやロックをどうするかは微妙なところ。寄席で掛け声は?

一之輔 「待ってました!」とか言う人はいますけど、掛け声は遠慮してくださいとお願いしている。出待ち、差し入れ、楽屋への訪問もご遠慮下さいと。だけど、出待ち禁止とこっちから言うのは恥ずかしい。「誰も待つって言ってねえじゃねえか」と返されたら困る。寄席でたくさんお客さんを入れる所もあるんですけど、お客さんが固くなる。笑わなくなる。緊張感が伝わってきますよ。満員は笑いにつながる一番の条件だったんですけどね。

岩田 大声でゲラゲラ笑うのが怖いというのがあるんですね。

一之輔 「あの人、しゃべってたわよ」という風潮になってきている。

岩田 日本で、マスクをつけないのがはばかられるのと同じ。マスクをつけるのはウイルス対策というより、ほとんど人間対策。

一之輔 浅草の街から本当に人がいなくなったのを見て、浅草寺に外国人だけでなく日本人までいないのを見て、恐ろしくなりましたね。今は人出が戻ってきているけど、初詣はたいへんでしょうね。

岩田 そうなんです。初詣はほぼできないでしょうね。かなり感染リスクは高いです。政府は「感染は起きてもしょうがない」的なムードで、経済が回ればそれでいいというノリ。で、日本の場合は何が起きるかというと国民一人一人がすすんで自粛するんですよ。行き当たりばったりで、けっこう感染が抑えられているので、よくない成功体験になった。1回痛い目にあわないと理解できないのかなあ。

一之輔 落語はとにかく興行なんで、寄席が開かない限りどうしようもない。ただ、ほかのエンターテインメントと比べると運がいいかなという気はしますね。飛沫を飛ばしながらノリノリで見るというものではないので。マスクしておとなしく見て、笑うくらいで。

需要があるから行く 岩田さん

岩田 僕が勤務する神戸大は今、講義はリモートでやっています。講堂で授業するときは落語のまくらじゃないですけど、笑いを取るようなことを入れていたんです。でもズームでやると反応がまったくないので、こわくて。向こうがどういう反応をしているか分からない。ギャグをかましたいと思って初期にはやってたんですけど、自分で気味悪くなってやめました。

一之輔 間(ま)がこわい。分かります、分かります。

岩田 医学生は病院実習ができなくて、全然患者さんを見ていない。このまま医者になると、どうなるんだろうと思います。

一之輔 コロナで生活が厳しくなった人もいる。バイト始めた若手もいる。入門者も全然いない。

岩田 感染症医の希望者もいないんですよ。全国的に今年はぱたりと希望者がいなくて。

一之輔 需要はあるのでは?

岩田 僕らがコロナ対策をしているのを見て、ああはなりたくない、苦労する、と。僕らの苦労はウイルス対策より人間対策なので。多くの場合はクレーム対応、ヒステリー対応、パニック対応。若手から見ると「うっとうしい」というか、あんな苦労をしてまでやりたくないと。

一之輔 心が折れそうになったことはありませんか。

岩田 それはもう数限りなく。かれこれ二十数年やっていますけど。

一之輔 それを奮い立たせて医師を続けているのは? 世の中のためにということですか。

岩田 使命感とか悲壮感というより、需要があるからやるという感じ。アフリカでエボラ出血熱で人がどんどん死んで、あかんやんとなったときに、日本から人が出ていないし、行ってみようかと。アメリカや中国に行ったときも行き当たりばったり。神戸大に来たのも、流れ流れて。僕自身、将来の夢とか目標とかないんですよ。

一之輔 ないんですか。ほっとしました。崇高な夢があったらどうしようかと思った。使命感って、僕なんか全然ないんですよ。誰かのためにとか、俺がやらないと笑いが届けられないとか一切なくて。自分が楽しいからやっている。お客さんの前で一席しゃべって、みんなが笑ってくれて。先生とは重さが違いますけど、将来の目標とか言われても困る。

岩田 使命感とか悲壮感とかあったら、落語を聞かないですよ。

一之輔 落語には、使命感がある人は一切出てこないですからね。逆の使命感持っているやつはいますけどね。「俺が、俺が」と。「おめえじゃねえよ」っていう勘違い系の使命感。市井のボンヤリした人がボンヤリしたことをして、よく分からないけどボンヤリのまま終わるみたいな、へんてこな人を一人でしゃべっているだけですから。派手なこともないし、立派な人が出てくるわけでもない。落語では、与太郎みたいな人をはじかない。面倒くせえけどしょうがない、となる。よそに行けとは言わない。このエンターテインメントがずっと残っているのはすごいなあって思います。

岩田 他人をたたいたり、あざ笑ったりすることで自分の優位さを誇示するというのに違和感があって。コロナのことでも、テレビでコメントする医者に対する非難中傷がすごいんです。「あいつは何も分かっていない」「あいつは病院で暇だからテレビに出る」とか。ほとんどやっかみ。自分がテレビに出ていないから。世界中で攻撃的な風潮があるように思いますね。僕はそういうのが苦手。

一之輔 落語の中には、マウントを取る人はあまりいないんですよ。マウントを取る人を笑うのが主。えばっている人とか、知ったかぶりをしている人を笑う。今、たたかれたりとか周りからマウントを取られるとかあるじゃないですか。そんなとき、先生はどうなさいますか。

岩田 いつでも医者を辞めていいと思っているんですよ。辞めても、医者をしている妻に食べさせてもらえるんで。「辞めたければ、いつでも辞めていいわよ」と言われている。家族は路頭に迷ったりしないという安心感がある。妻が食わせてくれるという安心感があって。

一之輔 あっはっは。いい奥さんですねえ。

岩田 そういう支えがあると楽ですね。仕事を辞めてもいいやという逃げ道があるので。

一之輔 逃げ道は取っといた方がいいですね、誰でも。心が折れる前に。

(構成・西秀治)