これだけ内容と表現形式を練り込んだマンガに今まで遭遇したことがあっただろうか。読み返す度にそんな思いが湧いてくる。
主人公は1950年生まれの元大学教授。建築分野で輝かしい業績を残しながら、90年代に人生の方向を見失って大学を辞め、50歳の誕生日に火事で家を失ったことをきっかけに、見知らぬ遠い土地に流れ着き、新たな一歩を踏み出すところから物語は始まる。彼の現在と過去と記憶が交錯する展開の中に、歴史や神話、認識論や文化論など、多くの現代的な問題に結びつくテーマがちりばめられ、マンガという形式のもつ可能性に徹底的にこだわりながら思索が深められていく。
マンガとは、つまるところ絵と文字の組み合わせだ。著者はそれを線、面、形、色などの根源的な次元にまで降り立って、思い切った表現を試みる。たとえば色。印刷の三原色がテーマと結びつき、色の変化を追って読み直すだけでも多くの発見がある。表現の注目点を変えながら、何度も読み返すと、この作品に投入されたアイデアの量に圧倒されるが、作品の外観は簡潔でシンプルだ。複雑な構成にもかかわらず、メッセージがまっすぐ伝わり、感銘深い。真に驚嘆すべき一作。=朝日新聞2024年11月2日掲載