インタビューを音声でも!
好書好日編集部がお送りするポッドキャスト「本好きの昼休み」で、岡本健さんのインタビューを音声でお聴きいただけます。以下の記事はポッドキャストを要約したものです。
バックグラウンドは多様
――VTuberとはどのような存在なのでしょうか?
実は、その定義が難しいというのが、この本の趣旨なんです。とはいえ、学術書で『VTuber学』というのであれば、そこは避けて通れません。そこで、まずは取っかかりとして『現代用語の基礎知識 2024』から下記の定義を引用しています。
VR(仮想現実)スタジオ内で3DCGキャラクターに扮し、実況動画を配信する人のこと。2016年にキズナアイがユーチューブに最初の動画を投稿してバーチャルユーチューバーと称したことで定着した。
『現代用語の基礎知識 2024』
しかし、このVTuberという存在は非常に多彩な様相を見せています。時代によって少しずつ変わってきていますし、人によっては「自分が楽しんでいるVTuberとは違う」と思われてしまうかもしれない。というわけで、今回の本では様々な執筆者がそれぞれの視点から書くことで、全体像を描写しようと考えました。
――VTuberはどういう人がやっているのでしょうか?
私も研究や調査を始めてから、いわゆる中の人はどういう方なのかが非常に気になっていました。バックグラウンドは本当に多様なんです。もしかすると若い人たちだと思われるかもしれませんが、意外と10代・20代だけでなく30・40代など幅広い年齢層がいらっしゃいます。
なぜかというと、見た目によらず活動できるからです。これは本の中に書いている話ですが、演劇をされている方がいらっしゃいました。しかし、他のお仕事や子育てのためにキャリアを中断してしまっていた。そこで「また舞台で表現活動をしたい」と思った時、演劇シーンから一度離れてしまうと年齢の問題もあって、再び入っていくのが難しい。でもVTuberとしてならキャリアを再始動することができたと。そういうニーズもあるようです。
――自分とは全然違う姿のキャラクターで生きられるのは魅力的ですね。
そうですね。私自身もゾンビ先生としてVTuberの活動をしています。すると大学教員の岡本健としては出会わない方々とのネットワークが生まれてくるんです。例えば、VTuber同士で一緒にテーマを決めてコラボ配信をしたりします。相手の中の人がどういう人なのかはまったく存じ上げない中で、一緒に時間を過ごして活動をしていきます。まさに一つのアバターを介して、もう一つ別の人生を生きるような感覚がありますね。
情報工学から文化人類学まで
――岡本さんはご自身の存在を明かしていますが、匿名の人が多いのも特徴だそうですね。自分の顔を出さずに、声を変えて活動できます。そうした匿名性というのは、VTuberにとってどういう意味を持つでしょうか?
VTuberは基本的に中の人を詮索しないのが一つのルールになっています。ただ、これもVTuberさんやファンの方によって、様々な考え方があるんです。VTuberさんの虚構性・キャラクター性が高い場合はそれを楽しむところがあるので、あまり中の人の人間性を出しません。
一方で、虚構的な設定があるにもかかわらず、中の人の人間性がちょっと透けて見えるところに面白さを感じられる場合も多いんです。例えば、清楚な学級委員長のようなキャラのVTuberでも、実は中の人はやんちゃなことをする部分がある場合。最初はキャラクターの設定を守ろうと頑張るわけですが、長く続けているとだんだん素が出てきてしまうわけです。そうすると、視聴者からは本当はこういう感じの人なんだなと見えてくる。その見た目とのギャップが面白くてウケていることもよくありますね。
――VTuberを論じる時にはどのような学問でアプローチできるのでしょうか?
分野はかなり幅広いんです。例えば、いろいろな技術が使われているので、理系的な情報工学の技術を研究することもできます。あるいは、VTuberのキャラクターはどういったものが好まれるかなど、印象評定をする心理学的な研究もある。私の専門の観光学では「コンテンツツーリズム」という言葉があるんですが、そのような観点でVTuberが人を動かすメカニズム、地域振興への活用方法などの研究もできます。
他にもVTuber同士がどういうかかわりの中で暮らしているのか、文化人類学的な研究も考えられます。法律を適用する時にはどういう存在だと考えるべきかといった法学の問題もある。VTuberをメディア、コンテンツ、コミュニケーションのあり方の一つだと捉えると、本当にたくさんの研究のアプローチがあり得ます。
百花繚乱の創造性・想像性
――『VTuber学』(岩波書店)は特にどういう内容を集めましたか?
第3部は理論編として、哲学の諸分野から迫ってもらいました。私が編者としてここで伝えたかったことは、哲学、心理学、社会学などと一言に言っても、それぞれ多様であるということです。ここでは、分析哲学、美学、中世哲学といった様々な哲学ジャンルから論じてもらいました。同じ哲学というジャンルで、同じVTuberを扱っているのに、異なる論じ方がなされます。これが学問の面白さの一つです。
第2部は社会学や文化人類学などの分野で、社会調査、フィールドワーク、参与観察などを専門とする研究者に書いてもらっています。表象文化論の先生にも書いていただきました。表象文化というのは、なんらかの形で表現されたものの総体を指します。VTuberは小説、アニメ、漫画、映画、ゲームなどにも描かれます。つまり、VTuberというフィクショナルな存在がフィクションの中に登場する。それは一体どういうことなのか、何が表現されているか、ジェンダー論の観点からも分析してもらいました。
――多様な観点があるなか、岡本さんのご関心を教えてください。
私はアニメの聖地巡礼で博士号を取ったんですが、その後にゾンビの研究をやって、そして今回はVTuberを論じました。すべてに共通しているのは、当事者の方々が生み出す創造性(クリエイティビティ)と想像性(イマジネーション)です。
アニメの聖地巡礼は、ただ単にアニメの舞台になった場所に人がたくさん訪れて経済効果が上がるというだけの話ではありません。地域の人たちとアニメファンの人たちが交流を始めて、そこから面白いイベントやグッズが生まれるんですよ。人と人が出会って面白いものを作ったり、素敵なことが起こったりする。私はそれにすごく惹かれるんです。
ゾンビ研究については、有象無象のめちゃくちゃなゾンビ映画がたくさんあります。予算が潤沢でないことが一因なんですが、その中でも新人の監督や俳優が一生懸命頑張って、クリエイティビティを発揮して面白いものを作ろうとする。そのあふれだすチャレンジ精神の成果を見て、意味を取り出すのが本当に楽しいんですね。
VTuberもまさにそういうものなんです。配信が技術的に可能になってから、たくさんの人がこの文化に参入して、いろんなことをやっている。その百花繚乱の様々な創造性(クリエイティビティ)・想像性(イマジネーション)を見る・見られる。そういう文化であるところが一番魅力的だと思ってます。
アバターの向こうには人間がいる
――VTuberは岡本さんご専門の観光学に通じるものですか?
そうですね。観光というのは、基本的には差異の産業なんです。要するに観光目的地は、旅行者が日常を過ごしている場所と何かが違うから魅力を感じる。だからお金や時間を使ってそこに行こうとする。人を惹きつける差異というのは、結局は何らかの創造性(クリエイティビティ)です。そういうところからも、実は観光学的な関心に非常に近いんです。
――本書内でご自身のVTuber活動を「フィールドワーク」と表現されていたのが印象に残りました。
観光学で通常、観光と言えば、物理的な空間を身体的に移動する行為が欠かせません。現状の観光産業は、それによって利益を得る産業です。つまり、飛行機、航空機、鉄道、バスなどの交通を利用して、人やものが物理的に移動することによってお金が稼げるわけです。ただ、私がアニメの聖地巡礼を調べてわかったのは、観光行動においては物理的な空間の移動だけではなくて、精神的な移動が重要になることでした。
VTuberはまさにそういうものなんですよ。実際にその場所に行くわけではないんですが、あるVTuberのチャンネルをよく見るということは精神的な移動だととらえることが可能です。その人が繰り出す言葉や映像などに惹かれて、そこに集い、体験する。そうした情報空間や虚構的な世界というのも、観光に含めて考えていくべきだと考えています。
――VTuberを見つめることで、どのようなことがわかってくるでしょうか?
私は、創造性(クリエイティビティ)や想像性(イマジネーション)に関心を持っていますが、他には情報社会に生きる人間のあり方の特徴が明らかにできると思っています。やはりVTuberは人間がやっているものなので、ある種の問題も見えてきます。
例えば活動していく上で、VTuberとしてのキャラクターが評価されると、現実世界の自分がちょっと取り残されてしまうような感じを抱いてしまうことがあるそうです。あるいは、ファンとVTuberやVTuber同士、ファン同士がトラブルになることも当然あるわけです。非常に人間的な世界です。
アバターの向こうには人間がいる。みんなそれを知りながら、VTuberという実践をどうやっていけば面白くなるだろうかと考えながら、日々活動している。そういう人間の頑張りが見えるというのが、一つの魅力だと思っています。