今年の山田風太郎賞が蝉谷(せみたに)めぐ実さんの「万両役者の扇」(新潮社)に決まった。江戸期を舞台に、とある歌舞伎役者に関わった人々がじわじわと人生を狂わされていく過程を描いた鬼気迫る芸道小説だ。蝉谷さんは10月21日の会見で、「歌舞伎の好きな部分を全部込めた作品なので評価されてすごくうれしい」と喜びを語った。
物語の中心人物は気鋭の女形、今村扇五郎。だが、語り手は彼ではない。熱を上げる大店の娘、饅頭(まんじゅう)売り、鬘(かつら)師といった芝居小屋の周辺の人々の目から芸一筋に生きる扇五郎の姿を描く6編が並ぶ。
選考委員の恩田陸さんは「音もにおいも含めて生々しく描写していて、江戸時代の芝居小屋に連れて行ってくれるよう。文章が節回しのようで、マニアックぎりぎりなのに一般読者にも面白く読める」と評した。
物語は中盤、若手役者が死体で見つかり、扇五郎が下手人として疑われるところからサスペンス味が増す。芸のためならどんな所業でもやりかねないように見える扇五郎に、周りの人々は翻弄(ほんろう)されていく。
「自分自身も作家になるためにどこまでできるのか、どのくらい人間を外れることができるだろうと、ちょっと思うタイプ。私にとって切っても切れないテーマです」
4年前のデビュー作「化け者心中」以降、歌舞伎を題材にした作品を書き続けてきた。
「いまは、平安時代の小説を書いてみたくて、着付け教室に通っています。私の描きたいのは知識ではなく、感覚的な部分。江戸でも平安でも、読者がその時代に入り込めるような小説を書き続けたい」(野波健祐)=朝日新聞2024年11月6日掲載