作家の著者は、文学者で歴史学者のルネ・ジラールが一九七〇年代に唱えた理論に注目する。人の欲望の本質は真似(まね)にあるという。
言語習得などの学びや高度な文化はたいてい「真似したい欲望」が築く。強い欲にとらわれ、人は余所(よそ)の何かに同化したがる。真似したくない対象は滅ぼしたがる。いずれにせよ他者にばかりかかずらう。そんな見立ては、アテンションエコノミーやキャンセルカルチャーといった現代の混乱についても考えるヒントをくれるかのようである。
人は真似をする動物だという補助線を通すと、世界は以前とちがって見えてくるかもしれない。学習については、かなりのところまでは真似だと納得すれば、初学者なのに創造性ばかり求める「うまくいかなさ」からは解放されるだろう。また、人は無意識のうちに接するものに対して同化したり反発したりして他者の尺度に振り回されがちと知れば、時には情報から適切に遠ざかるブレーキも必要だと感じるはずだ。
魅力的なのは、真似から少し遠ざかり、「共感」という距離感で他者と交流すれば、同化か排除かとでもいう戦いの螺旋(らせん)から抜けだせる、と説く結論だけではない。本書には、有名な起業家で二〇一〇年代を代表するビジネス書のベストセラーの一冊『ゼロ・トゥ・ワン』を記したピーター・ティール(ジラールの教え子だ)や、自身も一度は起業に成功した著者がそれぞれ悩み、仕事が崩壊しかけたのちにジラールの理論を活(い)かしたという苦闘のプロセスも詳述されている。
半世紀も前の理論が使い込まれるたびに生まれ変わり、それに触れた起業家たちの人生をも蘇生させた。本書が日本の起業家や起業志望者の熱い反応を呼んだのは、そんな知的な営みの喜びや不思議さに打たれるからではないだろうか。
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川添節子訳。早川書房・2640円。23年2月刊。8刷1万3200部。30~40代の男女によく読まれている。「情報があふれ、話題のものを『買わされている』感覚を抱く時代に、自分の欲望をみつめる読者に支持されている」と担当者。=朝日新聞2024年12月7日掲載