望月京さん(作曲家)
①夢を叶えるために脳はある 「私という現象」、高校生と脳を語り尽くす(池谷裕二著、講談社・2420円)
②spring(恩田陸著、筑摩書房・1980円)
③連合の系譜(互盛央著、作品社・1万6500円)
著者の情熱が手繰り寄せる世界の緊密な広がりに人間の底力を実感した3冊。
①は脳に関する著者の研究が、高校生への3日間の講義の体裁で語られる。シリーズの第3作かつ完結編。冒頭より何気(なにげ)なく振られる禅問答的な問いが「三日目」で意外なオチに壮大に伏線回収される驚き! 文学、音楽との連係や、「現実は脳が作り出す」「生きているだけで役立っている」などの啓発本的言説が科学的事実として説明されることにも興奮。②は6月1日付の書評で「芸術創作解題の書」と絶賛したとおり、近年私が最も鼓舞された小説。③は1400ページを超える厚さ、重さで全貌(ぜんぼう)把握は難儀だが、膨大な数の人々の多彩な表現を辞典のようにつまみ読みして、果てしない思想の流れを垣間見るのもよし。
安田浩一さん(ノンフィクションライター)
①別れを告げない(ハン・ガン著、斎藤真理子訳、白水社・2750円)
②パンクの系譜学(川上幸之介著、書肆侃侃房・2860円)
③朝鮮植民地戦争 甲午農民戦争から関東大震災まで(愼蒼宇著、有志舎・3960円)
①住民虐殺の記憶を抱えた韓国・済州島。激しい吹雪に見舞われた日、島を訪ねた主人公は歴史の闇を幻視した。ピンと張りつめた緊張感ある文体が胸に刺さる。著者は本書刊行後、今年のノーベル文学賞を受賞した。
②パンクとは生き方だ。怒りをドライブとした反逆のリズムだ。アナーキズムと音楽が融合し、取り澄ましたポップスに飽き足らない若者の心情と交差した。そんなパンクの歴史を、本書は丹念に追いかける。
③関東大震災時の朝鮮人虐殺は「混乱のなかで発生した偶発的な出来事」だったのか。日本の植民地主義と、抵抗する朝鮮民衆の歴史を紐解(ひもと)き、震災の「混乱」だけでは捉えることのできない虐殺の内実へと迫る。歴史否定の風潮に抗(あらが)う貴重な一冊。
山内マリコさん(小説家)
①トランスジェンダーと性別変更 これまでとこれから(高井ゆと里編、岩波ブックレット・748円)
②ゆるりと風に。ここは北欧(鍋島綾著、桂書房・1980円)
③月曜か火曜(ヴァージニア・ウルフ著、片山亜紀訳、エトセトラブックス・2200円)
「性加害のない世界を目指して」「LGBTQ+差別に反対する小説家の声明」二つのステートメントを発表した今年。①は後者の勉強を兼ねて手に取った。なにごとも知ることが第一歩。百ページ前後で要点を教えてくれる岩波ブックレット様々です。とはいえ時代の潮流は、無知を盾にした強い言葉に軍配が上がり続けている。それが政治まで動かせてしまい絶望的な気持ちに。そんな閉塞(へいそく)感の救いとなる良書が②。デンマークをはじめ北欧の人々とのリアルなふれあいから紡がれた言葉は心に風を通してくれる。もっといい社会を目指さなくちゃ! と前向きな気持ちに。③はサバイバーでもあるウルフの一〇三年前の本を〝復刻〟。創作の実験場さながら、長編への飛躍となる活(い)きが良い短編が並ぶ。
横尾忠則さん(現代美術家)
①運 ドン・キホーテ創業者「最強の遺言」(安田隆夫著、文春新書・792円)
②世界ぐるぐる怪異紀行(奥野克巳監修・著、川口幸大ほか著、河出書房新社・1562円)
③最後に、絵を語る。(辻惟雄著、集英社・2530円)
今年は展覧会の制作などであわただしい年で、書評をした14冊以外には本を読んでいないので、書評で取り上げた中から3冊を選ぶしかなかった。
①成功の要因は運以外に考えられないと断言するが、運は不確かで広大無辺な宇宙のようと例える。本書は創造と生き方の哲学の書でもある。
②文化人類学者たちが世界各地を訪れて直接観察、聞き取り調査をして、その土地の怪異に触れて体験するフィールドワーク。科学万能の時代に?と思うが、全て事実は怪異である。
③一世を風靡(ふうび)した『奇想の系譜』の著者が、本書では正統派を取り上げる意外性に驚く者もいるが、この正統派がまた奇想の作家に見える不思議さ。
吉田伸子さん(書評家)
①「ペットロス」は乗りこえられますか?(濱野佐代子著、KADOKAWA・1760円)
②プデごはん 元・調理兵が教えてくれる本格韓国料理(カン・グヌ著、幻冬舎コミックス・1870円)
③女の園の星 第4巻(和山やま著、祥伝社・836円)
初夏に、もうすぐ19歳という老猫を喪(うしな)い、めそ山めそ子だった私を支えてくれた3冊。①にはゆっくり悲しみをほぐしてもらいました。②は老猫ロスの私を外に連れ出してくれた友人と訪れたお店、西荻窪Onggi。その店主のカンさんが出したレシピ本。優しく包み込んでくれるようなカンさんのお料理のレシピが、惜しげなく公開されています。太っ腹! ③は一読爆笑。老猫を喪って以来、初めて心の底から笑いました。他にも、読書面で取り上げた本はどれもお勧めだし、この時期ならプレゼント本に北澤平祐さん『ユニコーンレターストーリー』(ホーム社)、個性的な味わいがクセになるレベッカ・ブラウン『天国ではなく、どこかよそで』(柴田元幸訳、twililight)もお勧めです。