有田哲文さん(朝日新聞社文化部記者)
①ソコレの最終便(野上大樹著、ホーム社・2200円)
②駄目も目である 木山捷平小説集(木山捷平著、岡崎武志編、ちくま文庫・1100円)
③ことばの番人(高橋秀実著、集英社インターナショナル・1980円)
①の舞台は第2次大戦末期の旧満州。日本軍の一〇一装甲列車隊「マルヒト・ソコレ」に緊急の輸送命令が下る。疾走感あふれる冒険小説だが、軍組織の理不尽さと、それに対する怒りが全編ににじんでいる。
②は戦後文学に特異な存在感を示した木山捷平の選集。どれも作者とおぼしき男が主人公で、肩ひじ張らず、少しの意地は張りながら生きる。戦後の旧満州の日々が描かれる「苦いお茶」は、とくに心に染みる。
脱力の構えで対象に近づき、いつのまにか本質に迫ってしまう。そんなノンフィクション作家、高橋秀実の持ち味を十二分に堪能できるのが③だ。校正者の世界に分け入り、文字そのものの深淵(しんえん)を見せてくれる。著者が先月没したことが今も信じられない。
小宮山亮磨さん(朝日新聞社デジタル企画報道部記者)
①ザトウムシ ところ変われば姿が変わる森の隠遁者(鶴崎展巨著、築地書館・2640円)
②ダーウィン(鈴木紀之著、中公新書・1100円)
③コードブレイカー エリザベス・フリードマンと暗号解読の秘められし歴史(ジェイソン・ファゴン著、小野木明恵訳、みすず書房・3960円)
①8本脚でクモに似ていて、でももっと脚が細くてはかない感じの、野山で見るあの虫。この地味な生き物に50年以上も愛を注ぎ、脚光は浴びなくとも、生態や分布を調べ続けてきた研究者がいる。その事実にまず感動。これぞ文化、知の勝利でしょう。
②ダーウィンは進化論だけじゃない。地質学に心理学にと、色んな分野ですさまじい業績をあげていた。徹底した実験・観察・思索。「天才科学者」で思い浮かぶ名前はいくつかあるけれど、彼こそが筆頭かも。
③ナチス打倒に貢献した米国の暗号解読者。運命の男性とともに、運命の仕事に熱中し、成功する。でもやがて別れの時が来る。夫とも、仕事とも。人生の喜びと悲しみが詰まった伝記。暗号ファンには特にお薦め。
長沢美津子さん(朝日新聞社くらし報道部記者)
①月刊「たくさんのふしぎ」6月号(福音館書店・810円)
②張家の才女たち(スーザン・マン著、五味知子・梁雯訳、東方書店・4180円)
③アウローラの仕事場(ロクサーナ・イェンジェイェフスカ・ヴルベル著、ヨナ・ユング絵、足達和子訳、未知谷・1980円)
大きな運命は覆せなくても、人生は自分の手でひらくのだと語りかける女性たちの3点。その存在に光を当てたいという、作者や訳者みなの熱が宿る。
①は実話の絵本で菅瀬晶子文、平澤朋子絵の「ウンム・アーザルのキッチン」。難しい立場を生きるイスラエルのアラブ人女性の半生を、台所での日常から描く。人を幸せにする料理の数々に、紛争さえなければと。既刊号だが書店から注文可。
②は清朝末期、詩や書を学ぶことで自らの心を支え、才能を一族を養うお金にも変えた女性3世代のユニークな研究書。史実の行間を鮮やかに描き、大河ドラマを読むよう。
③はポーランドの絵本。引退を決めた「こわれた心の直し屋」のバトンをつなぐのはだれ? 切なく胸にしみるお話。
加藤修・「好書好日」編集長
①異端考古学者向井幸介 1994年の事件簿(東郷隆著、星海社・1815円)
②ネット怪談の民俗学(廣田龍平著、ハヤカワ新書・1276円)
③彼女が探偵でなければ(逸木裕著、KADOKAWA・1980円)
夏に夢枕獏さんと福岡県うきは市にある珍敷塚(めずらしづか)古墳を訪れました。石室に描かれた船や鳥の絵から、世界各地にある古代の神々の痕跡を読み解く作家的妄想力を堪能しました。
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①は博覧強記で知られる時代小説作家・東郷隆さんのオカルト伝奇小説です。記憶がおぼろげな1994年という絶妙の舞台設定で、史実や雑学を巧みに織り交ぜ、あったかもしれない世界を垣間見せてくれます。②は「きさらぎ駅」「くねくね」といったネット怪談を四半世紀にわたり追い続けてきた著者の情熱が伝わってきます。民俗学的な手法で俯瞰(ふかん)していて、入門に最適な一冊です。③は鮮やかな謎解き自体が、世界を単純な二項対立で見ることを否定しています。家族からクルド人問題まで、ゆっくり深く考えることを促します。
柏崎歓・読書編集長
①旅する練習(乗代雄介著、講談社文庫・704円)
②絞め殺しの樹(き)(河﨑秋子著、小学館文庫・990円)
③日の出(佐川光晴著、集英社文庫・770円)
年末年始くらいはごろ寝しながら読書を楽しみたい人のために、今年文庫になった小説を3冊。①はサッカー少女と小説家の叔父が、鹿島アントラーズの本拠めざして川沿いを歩く。読み返すたびに新たな発見がある、奥の深いロードノベル。②は昭和の北海道に生きた女性と、その息子の物語。不公平な社会と懸命に闘う人たちの姿を、北国の過酷な暮らしを背景に描く迫力の一作。③は徴兵を逃れて北陸の故郷を離れた男と、現代を生きるそのひ孫の女性のストーリーを交互に描く。人と人が手をとりあって生きていく力を信じる、著者の熱い筆致に胸を打たれました。家族で読んでほしい。
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読書面は1月4日は休載し、11日から再開します。今年も1年間ご愛読いただき、ありがとうございました。