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映画「サンセット・サンライズ」井上真央さんインタビュー お試し移住が変える日常「足元の幸せを大事に」

井上真央さん=junko撮影

(C)2024「サンセット・サンライズ」製作委員会

重いテーマも宮藤流に

――楡周平さんの原作を読んだ感想を教えてください。

 コロナ禍で働き方も変わって、自然が多いところに移住する人たちも増えましたよね。当時はテレビでもネットでも特集することが多く、私も移住に興味があったのでよく見ていたのですが、原作を読んで良い面だけでなく、人との距離感や現実に起こる大変さなども勉強になりました。あとは、空き家問題というひとつの社会的な問題をビジネスの面でとらえるというのも、今の時代らしいなと思いました。

――震災やコロナ禍、高齢化社会による過疎化など、様々なテーマや問題を取り上げていながら、宮藤官九郎さんらしいユーモアも盛り込まれていましたが、井上さんが「宮藤さんらしいな」と感じたところはどんなところでしたか? 

 本来なら重くなりがちなテーマも、宮藤さんの脚本だと軽やかになりますよね。震災当時の描写や百香の辛い過去など、直接的に描かれてはいませんが、それぞれの痛みや悲しみをあえて言葉にはせず、ユーモアで隠すところに切なさや優しさを感じられて。宮藤さんならではの作品だと思いました。

――百香は震災によって様々なものを失い、辛さを抱えている女性でしたが、その抱えているものをどのようにとらえ、役に臨みましたか。

 百香が経験してきた悲しみは深すぎるものがあったので、その思いを演じることはなかなか難しかったです。ただ、物語は震災から10年という時間が流れているのでその空白の時間を、百香がどういう日常をすごしてきたか、お父さんや同じ思いをしてきた人たちからの優しさをどんな風に受け止めてきたのか、ということを一生懸命想像しながら埋めていきました。

 当事者ではない人間からすると、どうしても一つひとつを重く感じて受け止めてしまいがちですが、第三者としての共感性を高めてしまうのは違うかな、と。私もこれまでに大事な存在を失った経験はありますが、大人になると人前では毅然と振る舞ったり、あえて言葉にしたりすることも少なくなりますよね。でもふとした時に誰かの言葉や優しさに救われたり、前を向けたりすることもあって。百香にもそういう瞬間はあっただろうと、自分の経験と置き換えながら考えていました。

過去を知らない人の登場で生まれた希望

――菅田さんが演じる晋作の出現は、百香にとってどんな変化をもたらしたと思いますか。

 地元の独身男性たちが結成した「モモちゃんの幸せを祈る会」の人たちは、百香の過去を知っているからこそなんとかしてあげたいという優しさがあったのでしょうけど、晋作さんは唯一知らない人。そういった意味では、何も知らないからこそ、百香もまっさらなページを描いていくような気持ちになったのかなと思います。

 あとは、自分にとって当たり前だった環境や地元の人たちのことを、晋作さんが大好きになってくれたことも大きかったと思います。この町のことを好きになってくれたことで、百香自身も「自分はここに縛られているのではなく、好きだからいるんだ」と思えたのかなと感じました。

――岸(善幸)監督が「この群像劇のピークにしたかった」と言っていた芋煮会では、東京からきた人と地元の人、お互いが思いをぶつけ合う重要な場面でした。

 みんなで叫んで、気づいたら泣いていて。それまでは揉めていたのに、最後はみんな笑顔になっていたので、なんだか青春劇を撮っているような感じでした(笑)。「芋煮会らしくなってきた」というセリフもあるのですが、そうやって1年に一度、みんなで思っていることや感じていることをぶつけ合うのもいいなと思いましたね。

――「それぞれの幸せの形やあり方」も本作のテーマの一つかと思いますが、井上さんが本作の出演を通して思う「幸せの形」を教えてください。

 この作品で描かれているあり方もそうですし、「幸せの形」は人それぞれですが、コロナ禍を経て、より選択が自由になってきたのかなと思います。「こうなりたい」という理想像に向かって頑張ることももちろん悪いことではないと思いますが、私は自分にないものを背伸びして追い求めるよりも、足元にあることを大事にしていきたいです。身近にある幸せに気付いたり、感謝しながら、自分らしく納得できる選択をしたりしていけることが幸せなのかなと思います。

1行で想像が膨らむ詩の世界

――井上さんは普段、どんな本を読んでいますか?

 周りには読書家の友人が多く、私は「これいいよ」とおすすめされた本を“ポチッ”として満足するタイプなんですけど(笑)、最近は詩をよく読みますね。あとはベッドの周りに何冊か置いておいて寝る前にパラパラと読むことが多いです。

 『海からの贈りもの』(アン・モロウ・リンドバーグ著)という本があって、吉田健一さんと落合恵子さんの翻訳版があるのですが、私は訳が平易だよと聞いた落合さんの方を買いました。描かれた時代が少し前なので「男はこうで、女はこうで」といった今の時代では少し違和感を覚える部分はありつつも、自分の年齢によって感じ方が変わってくるような作品だなと思いました。詩的で好きな本のひとつです。

――詩のどういったところに惹かれますか?

 茨木のり子さんの「詩のこころを読む」という本を読んで、詩の世界が好きになりました。短い文章や言葉の奥にある思いを想像したり、考えたりする時間もいいな、と。自然との調和を感じたり、日々の生活の中で感じる人の孤独や寂しさに触れられたりするのも詩の魅力かなと思います。

 私がこの仕事をしていて好きなのは、案外、脚本を読んでいる時かもしれません。演じる人物の生き方や背景を想像していくことは楽しいですし、印象的な台詞に出会えると、私自身も心を動かされます。多くを説明したり語りすぎたりしているよりも、読み手側に託しているような作品が好きですね。