
「小説家の作風がどこで決まるか。あるいは、どこで作風が固まったとみなされるか。そう考えたときに、最初の3作が重要なんじゃないかと漠然と思ったんです」
独ソ戦に駆り出された女性狙撃手を描く「同志少女~」で華々しいデビューを飾り、続く「歌われなかった海賊へ」でナチス体制下のドイツを舞台にした。「次も似たようなお話を書くと、私の作風はヨーロッパや戦争といった『素材』になってしまう。そうではなくて、素材を変えても残るのが作風ではないか」。まったく異なる題材を選べば「いままでには書けなかったものが必ず書ける。それでもなお通底するものとして、作風をつかんでほしかった」。
そうした作家の思いは知らずとも、本書を開いた読者は少なからず驚くはずだ。巻頭に置かれたプロローグから順に読み進めれば、連作短編ともひと味ちがう、八つの物語が互いにつながりを持つ長編小説という特殊な構成があらわになる。
それぞれの物語に登場するのは、マネーゲームに没頭する投資ファンドの重役や、自動車修理の工務店で働く板金工、不動産会社の営業といった一見つながりのない人物たち。だが、張り巡らされた伏線が絡み合い、ひとつの世界が像を結ぶ。
カギを握るのが、作中でブレイクショットと呼ばれる四輪駆動車だ。工場で作られ新車として富裕層に買われたかと思えば、中古車として庶民の手が届くようにもなる。あるときは会社の足として、またあるときは取引の道具として。「いろんな思惑が投影される日本車は、どこに注目するかによって全然ちがうものになる。その軌跡をたどることによって日本の、ひいては世界のいろんな側面が見えてくる」
多面的な物語を通して浮かびあがるのは、いまや「社会の底が抜けた」と評されることもある現代日本の姿そのものだ。夢を追い幸せに生きようとすれば、たちまち「すべてが経済に換算されていく世の中の仕組み」に絡め取られる。その閉塞(へいそく)感に対して、現実の日本では「そうした社会を是正するよりも、ゆがんだ社会のなかで賢く立ち回ればいいという考え方が目立つようになった」。
だが、誰もが自己の利益だけを追求すれば「社会が抱える根本の病理から、ずっと目を背けることになってしまう」。善悪の立場を超え、それぞれが懸命に生きる人物たちを描くことで「理不尽な社会に直面しているときに、自分ではなく社会の方を疑う必要性を示唆したかった」。それこそが希望になると信じている。(山崎聡)=朝日新聞2025年03月19日掲載
