自分で考えて選ぶ力、日々の勉強と読書から 小説家・藤岡陽子さん@百枝小学校(大分)
4~6年生の児童たちに拍手で迎えられた小説家の藤岡陽子さんは、「大分に来るの、初めてなんです。楽しみにしてきました!」とあいさつし、自己紹介を始めた。
「私は小さいころから本を読むことが大好き。好きなだけ本が読めると思い、大学では文学部の国文学科に進みました。そして、本を読むのと同じぐらい好きだったのが、文章を書くこと。好きなことができる仕事に就こうと、卒業後はスポーツ新聞を作る新聞社に入社しました」
バブル崩壊後の超就職難の中、ようやくつかんだ記者の仕事。「30年も前なので、みんなが知ってるスポーツ選手はほとんどいないんだけど……1人いました。イチロー選手」。子どもたちから「知ってる!」と元気な声が上がると、藤岡さんは表情をゆるめつつ、こう続けた。
「仕事はとても楽しかった。でも、4年弱で私は会社を辞めました」
その理由として、取材したある高校生のことを語り始めた。超高校級のピッチャーで、誰もが甲子園での活躍を疑わなかった。ところが地方予選でボコボコに打たれ敗退。周りが騒然となる中、声をかけた藤岡さんにその選手はこう吐露したという。
「僕、負けてホッとしてるんです」
幼いころからエースとして投げ続けてきた肩はケガでボロボロ、満身創痍(そうい)だったのだ。
「物事には光があれば影もある、と知った」と藤岡さん。
「野球への夢を失ったとしても、彼はきっと新しい夢を見つけ人生を歩んでいく。そんなふうに影が光に転じていく物語が書きたい――。そんな思いから小説家になろうと決めたのです」
会社を退職した藤岡さんは、しかし、小説を1作も書くことなくアフリカのタンザニアを目指す。「理由は二つ。一つは憧れていた海外留学が実現したこと。もう一つは、日本人がいないところで自分の将来についてゆっくり考えようと思ったから」。ところが、待っていたのは、毎日停電し、水の確保もひと苦労という貧しい国の現実。藤岡さんが何より厳しいと感じたのが、子どもたちの教育環境だった。
「みんなは全員中学に進学するよね? でもタンザニアでは30%しか中学校に行けない。高校に至ってはわずか5%だけ。学校に行けない子は家のために働きます。親元を離れ働いている子もたくさんいます」
藤岡さんは続ける。
「当たり前のように電気や水道が使えて、当たり前のように学校に行ける。日本は本当に恵まれていると痛感したのです。私は生まれ変わったような気持ちで、自分の人生を全力で生きようと決意しました」
帰国後ようやく小説を描き始めた。しかし、応募した文学賞にはことごとく落選。バイトで食いつなぎながら書き続けるが、候補に残っても受賞には届かない。「もしかしたら小説家にはなれないかもしれない」。こう考えた藤岡さんは、安定した仕事を得るためにと、30歳で看護学校に入学する。その後、結婚、出産したこともあり、看護師免許を取得したときには34歳に。小説家への夢も諦めることなく、看護師として働きながら文学賞に応募し続けた。そして、看護学生たちを書く小説『いつまでも白い羽』でようやくデビューをつかみ取る。
「そのときの私は38歳。会社を辞めてから12年が過ぎていました。6年生のみんなの生まれてからこれまで過ごしてきたのと同じ時間、ずっとずっと夢を追いかけ、やっと小説家になれたのです」
そして去年、52歳で吉川英治文学新人賞に輝く。「すぐに成功する人もいるけれど、私のように時間がかかる人もいる。これから先、『みんなはできるのに自分はなんでできないんだろう』と落ち込む経験がたくさんあると思います。そのときはこの言葉を思い出してほしい。
『時間を味方にする』
今すぐにはできなくても、1年後、5年後の自分はできるかもしれない。努力することを諦めないでほしいのです」
休憩を挟んだ後半、藤岡さんは1冊の絵本を手にした。『スイミー』(レオ・レオニ作、谷川俊太郎訳)。小さな赤い魚のきょうだいたちと1匹だけ黒いスイミーはみんなで楽しく暮らしていたが、ある日大きなマグロがやってきて赤い魚たちをのみ込んでしまう。逃げ延びたスイミーは、悲しみと寂しさを抱えながら海の中を泳ぐうち、強く、賢く成長していく。そして、大きな魚におびえ岩陰に隠れるように暮らす赤い魚たちに出会い……。
1冊を読み上げ、藤岡さんは子どもたちにこう語りかけた。「もう1回読みます。今度は『自分だったらどの魚になるか』を考えながら聞いてほしい」
自分が目となり、みんなで一致団結して大きな魚として泳ごうと提案するスイミー。そのスイミーについて行く赤い魚たち。スイミーのきょうだいたちを食べてしまう大きなマグロ。作中では描かれないが、スイミーに賛同せず岩陰で暮らすことを選ぶ魚……。読み終わると、児童たちは「自分なら」と思う魚が描かれた藤岡さんお手製のカードを1枚ずつ取っていく。藤岡さんは、一人一人になぜその魚を選んだかの理由を尋ねた。
スイミーを選んだ児童は「リーダーシップを取りたい」「一人で探検してみたい」。対して赤い魚を選んだ子は「自分で考えて行動することが苦手だから」「誰かについていったほうが楽」。マグロを選んだ少数派からは「強くて大きいから」「僕に似てる!」と個性的な意見も飛び出した。ちなみに、その他の魚を選んだ子は1人もいなかった。
「本を読むときに、なぜ、こういうことをするのか、こんなセリフを言うんだろうと、登場人物の気持ちを考えながら深く深く読んでいくと、自分の中にあるいろんな感情に気づけるようになります。そして、人の気持ちがわかるようになる。
また、本の中にはいろんな登場人物の経験や人生が描かれています。それを読むことで、自分が体験したことのように力として蓄えられていく。失敗すら自分のものにできる。1冊読めば1冊分賢くなり、2冊読めば2冊分強くなる。それが本の力だと私は信じています」
もう一つ、藤岡さんが子どもたちに伝えたのが「スイミーは本当に正しいのか、を考えてほしい」。スイミーに従うことでマグロを追い返すことができるかもしれないが、逆に一網打尽にのみ込まれてしまう危険も。「何が正しいのか、何が間違っているかを考え、判断し、選び取っていく。18歳になるまでにその力を身につけてほしい。そしてその力は、日々の学校の勉強によって培われるのです」
藤岡さんは、SNSなどで取り上げられている「1杯の水でわかる、勉強することの意味」を引用し、話し始めた。
グラスに注がれた1杯の水。算数を学ぶと「200ccぐらい」と量を数字で理解でき、理科を勉強すればその水が酸素と水素からできていることがわかる。社会を勉強すれば川や湖の水が浄水場できれいになって手元に来ること、そして世界にはきれいな水が飲めない人もいるとを知ることができる。英語を勉強していればその話を世界の人に伝えることができ、国語を勉強していれば一連のこの話を理解することができる。しかし、もし何も勉強しなかったら……コップの中の水はただの水にしか見えない。
藤岡さんは子どもたちに向き合い、こう言葉をかけた。
「みんなが大人になるまでにはたっぷり時間がある。学校の勉強、本を読むことを積み重ねて、自分で考え、選べる力を身につけていってください」
関谷すずさん(5年)「自分だったら?と考えながら聞いた2度目の『スイミー』は、知っていた絵本の内容とは少し違って聞こえました」
後藤琴菜さん(6年)「私は算数が苦手なのですが、藤岡さんのお話を聞いて、もうちょっと頑張ってみようという気持ちになりました」