1. HOME
  2. インタビュー
  3. 家族って、何だろう?
  4. 漫画「大なり小なり」たなかみさきさんインタビュー 30歳・女2人の同居生活で正直に描いたこと

漫画「大なり小なり」たなかみさきさんインタビュー 30歳・女2人の同居生活で正直に描いたこと

たなかみさきさん=田野英知撮影

イラストと漫画、何もかも違った

──イラストレーターのたなかさんにとって初の漫画作品『大なり小なり』は、実際の友人との同居生活がモデルになっているそうですね。

 「漫画で一冊、描いてみませんか」と編集者から声をかけられたのが2021年頃。ちゃんと漫画を描くのは初めてだったので、あまり飛躍させず自分に一番近いところから始めるのがいいのかなと感じたんですね。

 私は熊本ではパートナーと、東京では学生時代からの友達と、それぞれ暮らす2拠点生活を送っているので、じゃあ友達との暮らしをベースに話を組み立ててみようかなと。

──高身長の大原さんと、小柄な小田さん。大学の同級生で30歳のいま、一緒に暮らす2人のキャラクターもすんなりと決まったのでしょうか?

 それが、そうでもなかったんですよね。おっきい人とちっちゃい人のイメージはあったものの、最初の頃はもっと名もなき感じのキャラだったので、なかなか上手く描けない時期が続きました。

 「キャラクターが動き出すってこういうことか」とようやくわかったのは、途中でおっきい人が“大原さん”、ちっちゃい人が“小田さん”と名前を決めてから。2人の名前が決まったら、『大なり小なり』というタイトルも自然と浮かびました。

──漫画とイラストでは、創作のプロセスも異なりましたか?

 何もかも違いましたね。イラストは一枚絵を描くもので、漫画はその前後を動線で表すものだなと感じました。

 漫画ではセリフはもちろん、どう行動するかでもそのキャラクターが語られていく。イラストに添えるキャプションであればちょっと詩的であってもいいけど、漫画はもっと生活の実感、リアリティみたいなものもすごく大事になる。

 あとは、イラストでは描けないような顔も、漫画の中でならいっぱい描けるのも楽しかったですね。読み返すと意外とギャグ漫画になったなと自分では思っています。

 大原さんのモデルになっている友人には「描いてもいい?」と最初の段階で確認したら、「私のことだったらなんでも描いていいよ!」とどっしり言ってくれたんですね。

 私、昔から彼女の審美眼をすごく信頼しているんです。彼女が好きだというものは大体信じられる。だから完成した漫画を彼女に見せるとき、「この人が笑ってくれなかったら私はもうダメだ」くらいに緊張していたのですが、すっごく笑ってくれたので本当にホッとしました。

「独身女性の味」があってもいい

──どのエピソードも30歳、独身、女2人のゆるやかな日常が解像度高く、ユーモラスに描かれています。

 友人同士だからこそ生まれる気の遣い方ってありますよね。10年来の友人だからこそ言いづらいことや聞きづらいこともある。

 小田さんと大原さんは一緒に暮らしているけれども、2人ともそれぞれ仕事をしていて、家事分担のルールは決めていません。そんな風にルールを決めずに暮らしている2人の空気感や信頼感をさりげなく描いてみようとも思いました。

 私、「ごはんの趣味が合う」って一緒に暮らしていく上で大きいと思っています。東京でルームシェアをしている友人に対して、「この子となら一緒に暮らせる」と思えたのも、そこが大きい。

 彼女とは大学時代からの付き合いなので、お互いの部屋を行き来して暮らしぶりが見えていたことも関係していますが、日々のごはん、食を共にすることで生まれるリズムや空間ってあると思うんですよね。

──「おふくろの味」があるなら「独身の味」があってもいい、というエピソードも頷けます。

 そうそう。カボチャサラダといえばマッシュするイメージですけど、そこをあえて焼いたカボチャと生クレソンで作る「独身女性っぽい」カボチャサラダもいいじゃないですか。ちょっとシャラ臭い感じがしつつ、でもおいしいんですよ。

──そんなふうに食卓を囲んで繰り広げられる2人のおしゃべりも本作の面白さです。

 性差でこうと決めるのは好きではないのですが、女性はやっぱり雑談が上手な傾向はありますよね。「お茶しよう」と定期的に集まってコミュニケーションが取れるのは、男性よりも女性のほうが圧倒的に多いように感じます。

 もちろん、女性のほうが男性より立場が弱かったから情報交換を兼ねて連帯しないとやっていけなかった、という歴史的背景も関係しているのだとは思います。でも、自然に結束できてチームになりやすいのは女同士ならではなのかな、と感じますね。

──小田さんと大原さんの関係性は友人であり、家族のようでもある。でもすべてを分かち合っているわけではない、独特の距離感も垣間見えますね。

 今振り返ってみて、全話の中で一番ヒリヒリしながら真剣に描いたなと思えるのが、大原さんが深夜の公園にひとりで行くエピソードです。

 誰かと一緒に暮らしていると、その人が“真っ黒な顔”をして家に帰ってくるようなことってあるじゃないですか? 職場で怒られたとか、何かつらいことがあったとか、とにかくそういうときの人間って、なんだか得体の知れない妖怪みたいにも見えてくる。

 大原さんがそうなったとき、小田さんはどうふるまったのかを描いた回です。私個人としてはどんなに仲が良い相手でも、触れちゃいけない部分を残しておきたい気持ちがあるんです。何でも言い合える関係性もいいけど、「どれほど仲が良くても他人を理解しきれると思うなよ?」みたいなところも残しておきたかった。

 ここでの小田さんのふるまいをどう感じるかは、人によって多分違うかもしれません。優しさと捉える人もいれば、「ちょっと冷たいのでは?」と感じる人もいるでしょう。でも、なぜ小田さんがそう振る舞ったのかは、終盤に出てくる彼女とその家族の関係性ともつながっています。

 生まれ育った家族から受けた影響って、何というか因果応報みたいなところがあるじゃないですか。

 小田さんの「家族由来のドライな感じ」はずっと変わらずそのままかもしれない。でも、もしかすると数年後には真っ黒な大原さんにガッと踏み込んでいくようになっているかもしれない。

 抗えなさ、もしくは誰かの影響を受けてどう変わっていけるか──。そういった「家族」と「変化」が描きたかったテーマでもあります。

結婚制度への違和感を諦めたくなかった

──かつては、結婚して子を育てることが「家族」と捉えられていたところもありますが、時代と共にその規範も変化しています。本作には、たなかさん自身の経験も多くちりばめられていると思いますが、熊本で一緒に暮らすパートナーさんとの関係性が、作品に影響を与えた部分はありますか。

 実は熊本で一緒に住んでいるパートナーとは、1回結婚をしたのですが、離婚を経て、今は彼氏という関係に落ち着いています。なかなか一言で語るのが難しくて理解してもらえないのですが、結婚という制度自体に疑問を覚えたというのが理由のひとつです。

 これは結婚してみて初めてわかったのですが、結婚前は個人として尊重されていたことが、結婚した途端に周囲から「いい嫁」の枠に押し込められてしまったように強く感じたんですね。自分の役割が決めつけられたような窮屈さがありました。

 自分でも幼稚だと思うし、それくらい我慢できるだろうと考えもしたのですが、やっぱり私はすごく嫌だった。ずっと2拠点生活の遠距離恋愛だったのに、結婚という制度が入ってくると同居を前提にされることにも違和感がありました。

──自分自身は変わっていないのに、「妻」や「嫁」という役割によって「枠」が生じてしまう。「母」もそうですよね。わかる気がします。

 もちろん、役割に徹していくことを“大人になる”と解釈する考え方もあると思うし、役割をもらったことで人生が輝き出す人がいることも理解しています。

 でも私の場合、「結婚」でそれはできなかった。結局、結婚生活が続くほどにアイデンティティもどんどん失われてしまったので、2人で話し合って離婚を選びました。

 ただ、彼のことが嫌いになったわけではまったくないので、少し時間をおいてから「まだ一緒にいられるよね」と再び彼と話し合い、今の形に落ち着きました。結婚という制度だけが、2人を繋げるものではないことが今ならわかるし、そういう私の葛藤に付き合ってくれた相手にもありがたいなと感謝しています。

 だから漫画の中でも「私たち親友だよね」「家族だからこうだ」といった関係性を名付けるようなことはなるべく避けたつもりです。そういう意味では、自分の心の中にあるすごく大事な、諦めないでいる部分を、漫画という形で表現できたともいえるかもしれません。

 もしかするとイラストの印象からエモーショナルな恋愛漫画を期待した読者もいるかもしれませんが、私としてはあえてそうじゃない方向を選択した自分を「偉い」「立派だよ」って褒めてあげたいですね。この漫画を描けたことで、乗り越えられたことがたくさんありましたから。

──たなかさんは20代のうちからSNSで注目されて、作品集も発表されてきました。30代になり、クリエイターとして、今後の展望は?

 私の場合は20代でSNSをきっかけに多くの人から見てもらえるようになって、活動的にはありがたかったのですが、そのことによる不安や「いいものを作らなきゃ」というプレッシャーはずっと抱えていました。でも今は、「いいもの」+「自分の気持ちに正直なもの」を作りたいですね。

 その時々の人気に振り回されずに、ちゃんと社会を見つめて日常に寄り添ってあげられるもの、しみじみといいなと思えるものを世に出していきたいと思っています。