1. HOME
  2. インタビュー
  3. えほん新定番
  4. えのもとえつこさんの絵本「ふみきりくん」 一生懸命に働く姿、子どもたちが社会を知る窓に

えのもとえつこさんの絵本「ふみきりくん」 一生懸命に働く姿、子どもたちが社会を知る窓に

『ふみきりくん』(福音館書店)より

働き者の踏切の一日を描く

―― 赤い目玉をぴかぴかさせ、「かん、かん、かん、かん!」と音を鳴らしながら遮断機を下ろす。電車が駅に着くのを確かめると、遮断機を上げる。『ふみきりくん』(福音館書店)は、働き者のふみきりくんが朝から夜まで仕事に励む姿を、臨場感あふれる電車とともに描いた絵本。作者・えのもとえつこさんは、公立図書館で長らく児童室を担当してきた元・児童図書館員だ。

 大学卒業後すぐに図書館に勤めるようになって、それから32年間、ずっと児童室を担当してきたんですね。子どもを相手に幾度となく読み聞かせをしてきた中で、子どもたちが夢中になる絵本と、そうでない絵本との歴然とした差に気づかされました。

 子どもたちって遠慮がないから、面白くなければ出て行ったり、遊び始めたりして、全然聞いてくれないんです。でもそうかと思うと、ぐっとその世界にのめり込んで、集中して聞いてくれる絵本もあって。読み終わったらあの絵本を借りようと、だんだん前に乗り出してくるんですよ。

 この差は何だろうという疑問が私の中にずっとありました。それで退職してから、子どもたちが喜んでくれる絵本を作りたいと思うようになったんです。何かいい題材はないかと考えていたとき、ふと目に留まったのが、最寄り駅のそばにある踏切でした。

―― 京成電鉄のWEBサイト「電車と駅の情報」の海神駅のページには、「駅前の踏切は、えほん『ふみきりくん』のモデルとなっています」と記されている。えのもとさん自身、子育て中に電車好きの息子とともに何度も訪れた踏切でもある。

 息子は幼い頃、電車と踏切が大好きでした。夜泣きがやまないとき、夫が息子を抱きかかえて、踏切まで連れて行ってくれたこともありました。踏切のそばで電車を眺める親子の姿はその後もたびたび見かけていたので、踏切を主人公にした絵本なら、「もうすぐ電車が来る!」というワクワク感を伝えられるのではないかと考えました。

 真っ先に浮かんだのが、「えきの そばに、はたらきものの ふみきりくんが おりました」という一文です。駅の近くの踏切は、各駅停車、快速急行、特急など、さまざまな電車が通るのですが、絶妙な感覚できびきびと遮断機を上げたり下げたり、とにかく忙しく動くんですね。その様子が働き者に見えて、最初の一文がぱっと出てきたんです。

電車や通行人を見守るふみきりくんの目線にも注目したい。『ふみきりくん』(福音館書店)より

 お話の世界にまだ慣れていない子どもたちに向けて、そこからどのように展開していこうかと考えて、朝仕事を始めてから夜仕事を終えるまでの、踏切の一日のお話を作ることにしました。

無機質な踏切に命を吹き込む

―― ストーリーを作る上で参考にしたのは、『いたずら きかんしゃ ちゅう ちゅう』や『パンやの くまさん』(いずれも福音館書店)など、アメリカやイギリスで長く読み継がれている古典的な絵本。冒頭の一文もクラシカルな翻訳の日本語に合わせて、「ふみきりくんが いました」ではなく「おりました」とした。

 最初の1ページで、主人公のふみきりくんがどこにいるのか、どんな踏切なのかを書き、次の見開きで長い遮断機や赤い目玉などの特徴を記してから、ふみきりくんの一日のお話に入っていきました。そういった段取りを踏むことで、幼い子どもたちもすっとお話の世界に入っていけるだろうと思ったんです。

踏切の形状は異なるが、『ふみきりくん』は海神駅を舞台に描かれた。電車も京成電鉄をモデルに描かれている。『ふみきりくん』(福音館書店)より

―― 絵を担当したのは「はしる!新幹線」シリーズ(PHP研究所)や『巨大空港』(福音館書店)、『とっきゅうれっしゃがやってくる!』(偕成社)など、多くの作品でさまざまな乗り物を臨場感たっぷりに描いてきた鎌田歩さんだ。

 鎌田さんからは、モデルとなる踏切の写真を送ってほしいと頼まれました。私がイメージしていたのは、警報灯が横に2つ並んでいる踏切だったのですが、実は海神駅の踏切は警報灯が縦に並んでいるタイプなんですね。それで、編集者さんとともにあちこちの踏切の写真を集めてお渡しして、その中から選んでもらいました。

京成電鉄海神駅近くの踏切=加治佐志津 撮影

 私は絵が描けないので、ふみきりくんをどのように擬人化するのか、目は黒目が一般的なのに、働いている間は赤目になってしまってよいのかと心配だったのですが、そんな私の不安をよそに、鎌田さんはふみきりくんをとても魅力的に描いてくれました。無機質な踏切に、命を吹き込んでくださったんです。

 鎌田さんは乗り物を精緻に描かれる方ですが、『ふみきりくん』は2~4歳くらいの、絵本に興味を持ち始めた幼い子どもたちに向けた絵本なので、あまり細かいところまで描き込まず、ある程度省略して描いていただきました。でも絵は決して甘くなくて、子どもに媚びるようなところは一切ありません。

 踏切の前で待つ人たちも、とても丁寧に描かれているんですよ。孫と手をつないで特急が走るのを眺めるおじいさんの表情からは、「ふみきりくん、ありがとうね」という気持ちまで伝わってきます。『ふみきりくん』が多くの子どもたちに受け入れられたのは、鎌田さんの絵があったからこそだと感じています。

目の前を通過する急行や特急は疾走感たっぷり。擬音の違いにも注目したい。『ふみきりくん』(福音館書店)より

同じ場面を違う角度から見てみると

――「いそげ、いそげ!」と慌てた様子でトラックが走ってくる場面は、終盤の山場だ。ふみきりくんは「あんぜん だいいち!」「とまれ! とまれ!」と力いっぱい叫んでトラックを止め、電車が通り過ぎてからトラックを見送る。このトラックはその後、姉妹作『トラックくん』(福音館書店、6月3日に単行本発売予定)の主役となった。

 このトラックについて『ふみきりくん』の読者からは、「暴走トラックですね」といったコメントが寄せられました。確かに乱暴者と受け取られても仕方がないようなトラックなのですが、きっと何かしら急ぐ理由があったのだろうと、『ふみきりくん』のお話を作っていた頃から考えていたんですね。それで、『ふみきりくん』の2作目を作る話が上がった際に、働き者のトラックくんを主人公にしようと提案しました。

 トラックくんは、牧場からできたての牛乳を運ぶ仕事をしています。昼間のうちに遠い町のお店まで、牛乳を届けなければいけないのですが、途中で渋滞に巻き込まれてしまうんです。トラックくんは、自分の任務を果たそうと一生懸命走っていたというわけです。

―― ふみきりくんとトラックくんが出会うシーンは、双方の絵本で違った角度から描かれており、見比べて楽しむこともできる。

 ふみきりくんとトラックくんの出会いを、別の視点から重ね合わせることで、それまで見えていなかった一面が浮かび上がってくるのではないかと考えて、『トラックくん』のお話を作りました。『ふみきりくん』とあわせて楽しんでいただけたらうれしいです。

トラックくん側から描かれた、ふみきりくんとの出会いの場面。トラックくんの心の動きが目の表情で巧みに表現されている。『トラックくん』(福音館書店)より

――『トラックくん』制作にあたっては、トラックの助手席に同乗する機会もあったという。

 絵本を運ぶトラックに特別に乗せてもらったんです。トラックは大きいけれど、とても細やかな心配りで運転されていて、プロフェッショナルな仕事ぶりに魅了されました。

 思えば私は幼い頃から、職人さんの仕事を見るのが大好きでした。大工さんが墨壺から引き出した糸を弾いて材木に線を引き、鋸をひく姿をじーっと眺めて、腕のいい大工さんになりたいと憧れたり、鍋を修理する鋳掛屋(いかけや)さんが穴の開いた鍋を直し、ピカピカに磨き上げる様子を見ては感動したり……真剣に働く姿を見て、純粋にかっこいい!と憧れたんですよね。

『ふみきりくん』を読んで、「大きくなったら踏切になりたい」と言ってくれた子がいたそうですが、それはふみきりくんが懸命に働く姿に惹かれたからだと思います。『ふみきりくん』や『トラックくん』が幼い子どもたちにとって、社会を知る窓となればうれしいです。

 そして、できれば本の世界を絵本だけで終わらせず、物語の素晴らしさをたくさん味わってほしいなと思います。主人公と一体化して物語の世界を生きることは、きっとその子を強くしてくれるはずですから。