幸せなコミュニティに潜む闇 閉ざされた町や村を舞台にしたホラー小説の収穫3点
澤村伊智『ざんどぅまの影』(KADOKAWA)は、著者の代表作「比嘉姉妹」シリーズの最新長編。同シリーズは霊能者姉妹がさまざまな怪異と対峙する、人気のホラーミステリーだが、今回は趣を変え、姉妹の祖母・比嘉勝子が生きた時代を描いている。
1981年、神奈川県P市Q区。沖縄からの移住者が多く暮らすこの町で、23歳の佐久間篤は新生活を始めていた。各地を転々としてきた篤にとって、Q区は初めて自分の居場所を思える場所だ。そんなある日、篤は「びしゃっ」という水音とともに近づいてくる化け物に遭遇する。体調を崩した彼が頼ったのは、沖縄出身のユタ・勝子であった。
その後も化け物は出現を続け、住人たちの命を次々に奪っていく。恐怖と怒りに駆られた篤と仲間たちは、自警団を結成して夜廻りを始めるのだが、そのことが新たな悲劇を生む。よそ者である篤の胸に湧き上がる、愛するコミュニティを守りたいという思い。それがたやすく暴力に転化することは、人類の負の歴史に照らしてみれば明らかだろう。かくして本書は「比嘉姉妹」シリーズ史上、最悪の展開を迎えることになる。
霊能力だけでは太刀打ちできない事態に、凄腕のユタ・勝子がどう対処するのかが後半の読みどころ。一切のきれい事を排した皮肉な着地点に、多くの読者は居心地の悪い思いをするはずだ。本書で描かれている問題は、令和の今もなお、日本各地で続いているからである。排外主義が高まる時代の空気を切り取りながら、ホラーミステリーという娯楽小説が孕む危うさをも浮き彫りにした、闘う作家・澤村伊智渾身の一冊。
大学生の友部清玄は、アルバイトのため一夏を丑土(うしど)村で過ごすことになった。仕事内容は民俗学者・嘉形教授のラジオ番組に投稿されてきた怪談をチェックし、丑土村にまつわるエピソードを抜き出すこと。それだけで日給2万8000円が支給されるというのだから、苦学生の清玄にはありがたい話だ。もっともそれには条件がある。バイト中は村から一歩も出てはいけない。しかも宿泊先はかつて一家惨殺事件が起こった、正真正銘の事故物件だ。
櫛木理宇『鬼門の村』(東京創元社)は、複数の怪談がパズルのピースのように繋がり、村の秘密を明らかにしていくというホラー小説である。作中に挿入される怪談パートがまずは読みどころ。旅先で怪異に見舞われた学生グループ、山の中で白装束の何かに追いかけられた青年、異世界に迷い込んだ子供たち。実話的な筆致で綴られていくエピソードの数々は、どれも不条理で薄気味が悪い。
それらを読み進むうち、清玄の心には疑問が浮かんでくる。「神の村」の異名を持つ丑土村にはなぜこんなにも怪談が多いのか。そもそもこのアルバイトにはどんな意味があるのか。その答えは昭和30年代に起こった一家惨殺事件と深く結びついており、さらにいえば村の発展を支えてきたおぞましい秘密とも関わっている。いわゆる「因習村」を扱ったホラーは昨今多いが、ここまで胸が悪くなるような因習もそうないだろう。異常な猟奇犯罪ものを得意とする、櫛木理宇の真骨頂といえる。
だからこそ虐げられてきた者たちの怒りが爆発するような結末は、バッドエンドながらどこか痛快だ。家庭でも大学でも居場所を持てない清玄が、この呪われた村とどう向き合うのか。最後まで目が離せない。
『ちょんまげ手まり歌』(中公文庫)は、『ひげよ、さらば』などで知られる児童文学作家・上野瞭が1968年に発表した作品である。長らく入手困難な時期が続いていたが、怖い児童文学の発掘に力を入れている中公文庫からついに復刊された。
物語の舞台は「やさしい殿さま」が支配する「やさしい藩」である。貧しい土地の唯一の特産品は、飲むと勇ましい夢が見られる「ユメミの実」。そこで暮らす侍やその家族たちは全員「やさしい足」を与えられ、片足を引きずったり、這いずったりして生活している。危険な山に迷いこみ、山んばに襲われずにすむようにという、殿さまのはからいだ。なんという異様な光景だろう。
ごく稀に殿さまに対して意見をする者もあるが、その声が聞き入れられることはない。殿さまは言う。「どうして、じぶんの頭で考えようとするのか。考えることは、迷うことである。考えようとすることは、わしの言うことを、うたがおうとすることである。わしは、みなのため、やさしい藩一国のため、どんなことでも、きめておるのだ」。こうして村の平和は保たれていく。
これを無慈悲なディストピアだと指摘できるのは、わたしたちが外側から藩を眺めているためだ。もしこの土地に生まれついていたら、やさしい足を与えてくれた殿さまに感謝し、狭い土地で一生を終えたかもしれない。そのことが恐ろしい。著者はあとがきにおいて「これは『昔の話』ではなく『現代の物語』なのである」と述べているが、それはまったく正しい。時代を超えて迫ってくる、やさしい支配と抑圧の物語だ。