原作・小川哲、作画・野田彩子「君のクイズ」 緊張感と色気を孕んだ絵柄、クイズと人間のドラマの魅力を際立たせる(第12回)
「いくつに見える?」
見ず知らずの人からそう訊かれたことがある。仕事で東京のホテルに泊まっている時だった。相手は関西訛りのおじいさん。東京なのに。うわ、めんどくさ、と思ったけれど、ロビーにふたりきりという状況だったので無視するのも気まずく、とても適当に「うーん、57歳?」と答えた。
「なんでや、わし70やで! 自分、いい加減すぎへんか〜」
知らんがな。おじいはそれでも、まんざらでもなさそうだった。この世でもっともげんなりするクイズ、それは年齢当て。見かけより上でも下でもどっちでもええやんけ。まったく興味がないのに、半強制的に解答者席に座らされる感じも気に食わない。
しかし、日常会話の潤滑油としてクイズは使われがちだ。「どうなったと思う?」「誰が来たと思う?」「これ、なんぼしたと思う?」……最後の設問は、大阪人だけ沸き立つやつです。
ノって考える時もあれば「えーなんだろー」とおざなりに続きを促す時もあり、とにかくわたしたちの日常にはクイズが溢れている。新聞や雑誌をひらけばひとつくらいはその手のコーナーがあるし、テレビや広告、お菓子のパッケージにだって。我々は謎にひととき挑むことで頭を揉みほぐし、用意された正解に辿り着いてすっきりする。クイズは脳のマッサージかもしれない。
そんな、クイズと人間のドラマを真っ向から描いた『君のクイズ①』(原作・小川哲/朝日新聞出版 作画・野田彩子/シュークリーム)、まずコミカライズに際し作画に野田彩子という大正解を叩き出した編集者に、鼓膜が破れるほどの「ピンポン」を贈りたい。緊張感と色気を孕んだ野田彩子の絵柄が、競技クイズを題材にした本作にぴったりとはまっている。卵を守るように早押しボタンを包む三島玲央の手つきを絵で見られただけでも、コミカライズの価値は大いにあった。じんとくる。
賞金1000万円の生放送クイズ番組「Qー1グランプリ」決勝戦で、三島は本庄絆に敗北する。それも、本庄が「問題文を一文字も聞かずに早押しボタンを押し、正解を答える」という「ゼロ文字解答」によって。『幽☆遊☆白書』に出てくるゲームマスターこと天沼月人を思い出した人もいるかもしれない。でも現実的にはあり得ない。なぜ、本庄は答えることができたのか?
劇的すぎる勝利は、憶測と疑念を巻き起こす。競技クイズとはいうものの、テレビを通じたエンターテインメントである以上、盛り上げるための仕込み――やらせがあった、と考えるのがいちばんしっくりくるだろう。というか、それ以外ないのでは? というところから、三島の謎解きが始まる。
「僕は真実を知りたい 胸を張ってクイズがしたい」
少年時代からクイズに親しみ、クイズと人生を重ね合わせながら知識を蓄えてきた三島。天才的な記憶力とテレビ映えするスター性を兼ね備えた本庄。三島は謎を通じ、そしてクイズを通じて本庄を理解しようと試みる。
クイズは暗記や演算力だけで取り組むものでなく、自身の経験と紐づいて身につけた「知」が、「ピンポン」の音とともに光を浴びる、一瞬の「生の歓び」を称えるゲームなのかもしれない、と本書を読んで思う。知は体験の支えに、体験は知の支えに。エッシャーの「描く手」のような相互関係で成り立っている。
「経験が僕に答えさせてくれる 生きて世界の豊かさに気づくとき 戦慄とともに僕は少しクイズに強くなる」
クエスチョンの語源はラテン語の「クエレレ」――探し求める、探求する。わたしたちは誰もが無数のクエスチョンとともに、己が人生を探求しなければならない。
最後に、二択クイズです。
①本書を読んでから原作小説を読む
②原作小説を読んでから本書を読む
答えは君の中に。