一番会いたくない人と再会することになったら?
──物語の舞台が避難所の体育館という設定にまず興味を持ちました。何か着想のヒントがあったのでしょうか。
一木けいさん(以下、一木): 私がまだバンコクに住んでいた頃、日本にいる妹からLINEが来たんです。「避難勧告が出たんだけど、けいちゃんだったらどうする?」って。妹には小さい子どもがいたので「避難一択」と答えました。その後、妹から避難所の写真が送られてきたんですが、子どもたちは走り回って笑っているのに、お父さんたちは疲れていて、「帰りたい」と言っていたらしくて。その光景を見て、「こういうとき人は、誰がいたら一番嫌かな?」って考えたんです。たとえば苦手な上司は嫌、別れた不倫相手も困る、自分を蔑むクラスメイトも最悪、片思いの相手とも再会したくないだろうなと。
──今回の作品は、一木さんの小説の中でもっとも登場人物が多いですね。10人以上いますが、最初に生まれたキャラクターは?
一木:高校生の厳(ごん)と虹(にじ)です。編集者さんから、みずみずしくてエモーショナルな小説を書いてほしいと言われていたので、ちょっと甘酸っぱい2人の関係から書き始めました。その頃はまだバンコクにいたので、編集者さんとZOOMで打ち合わせをしていたんですが、お互いの(恋愛の)黒歴史を披露し合ってさらけ出したらすごく面白くて。その流れで、「中年の黒歴史」も描こうという話になり、自分の底にあるイメージを出せるだけ出そうと思ったら、詩伊(しい)や日出樹(ひでき)も含めて登場人物が増えていきました。
──44歳の詩伊は、生活費を渡さず家にも帰ってこない夫との冷えきった関係に耐えながら息子を育てています。43歳の銀行員の日出樹は真面目で神経質な男性で、普通に正しく生きることに固執しています。この2人がそれぞれ20代の山内(やまうち)や海果子(みかこ)との関係にのめり込んでいく様子は映像が浮かぶようで臨場感たっぷりでした。
一木:詩伊の相手の山内のように、五感を刺激する男性に私は魅力を感じるので、そういうところは意識して書きました。詩伊も日出樹もそうですが、40代になっても10代と同じようなことで悩んでいるんですよね。編集の過程で読んでもらった関係者は、「詩伊や日出樹みたいに大人になりきれていない人ほど、ドラマが生まれやすいんでしょうね」とおっしゃっていて、新鮮ですてきな感想だなと思いました。
免疫がない人が恋愛の「沼」に溺れると戻れなくなる
――確かに、山内と別れた詩伊は、「彼のいない日々は、平和だけれど死んでいるのと同じだった」と言うほど世界が変わってしまいました。
一木:周りから見れば、「稼ぎのいい夫と子どもがいて幸せそう」と思われる詩伊のような人でも、実際はいろんな事情があって心が死んでいるような状態の人はいると思います。だから山内と出会ったことで世界が変わってしまった。日出樹のように頑張って普通の家庭を持ち、真面目に正しく生きてきた人も、免疫がないまま恋愛の「沼」に溺れると戻れなくなる。でも、最悪の事態が起きない限り、溺れてしまったら、それはもう仕方がないと思うんですよ。たとえ黒歴史になるとしても。
――商店街の男たちと次々に関係を持つ自由奔放な海果子は、周りから白い目で見られても気にしません。彼女の「みっともなくても悦びを得ている私は幸せよ。みっともないって、離れた安全な場所で悪口言う人より何倍もね」というせりふが印象的でした。
一木:自分は高みの見物をきめこんで、離れた安全な場所から悪口を言う人が多すぎますよね。そういう風潮は私が最も苦手とする世界です。でも、怒りで書いてるわけではないんです。ある編集者さんから「怒りを爆発させろ」と言われたこともあるんですが、どちらかというと私は「なんでこうなるのかな?」と気になる謎を、魅力的な人を描きながら解明したい、という思いが強いです。
海果子は、最後に生まれたキャラクターですが、彼女のように雨傘を日傘として堂々と差すような、人の目を気にしない強さを持った人がいたら面白いなと思って。実は私も、タイでは周りに倣って雨傘を日傘にすることがあったんですが、日本では見たことがないんですよね(笑)。
タイ語の先生に教えてもらった「思い込みの大切さ」
──海果子のように自由に生きているキャラクターは書くのは楽しそうですが、逆に、難易度が高かったキャラクターは?
一木:中学生の小梅(こうめ)です。SNSがある中学時代を小梅として生きるのがまずつらかったですし、自分の顔にコンプレックスがあってマスクを外せない小梅が、男の子たちから容姿を「微妙」と笑われるシーンとか、自分で書きながら許し難いと震えていました。どうやったらこの子は立ち上がって進んでいけるだろう……と悩むなかで、醜形(しゅうけい)恐怖症の資料も読んだのですが、タイ語の先生に教えてもらった「思い込みの大切さ」の話を思い出したんです。
タイの人って、すれ違っただけでもじーっと相手の顔を見ることが多いんですよ。私はそれになかなか慣れなくてタイ語の先生に相談したら、「眉間にしわが寄っていなければ、いい意味で見ていると思え」と言われて(笑)。「他人はあなたが思うより、あなたのことを20%増しで美しいと思っている」という研究結果もあるみたいで。小梅も、そういうふうに思い込めたらいいなあと思いました。
──小梅にとってマスクは世界と自分の境界線でお守りのようなものです。父親と絶縁状態にある青年・亜揮(あき)も亡くなった母の思い出が残るパーカーのフードをお守りのように深く被っています。一木さんにもお守りのようなものはありますか。
一木:あります。ポーチの中には娘が折ってくれた折り紙が入っているし、ピアスは大切な友達が選んでくれたものだし、クリアファイルもお土産でもらったお気に入りで……。言われてみると、私自身もお守りだらけですね。
――本作では音楽もお守りのように重要な鍵として描かれています。一木さんも音楽に救われたことが?
一木:そりゃあもう、音楽は子どもの頃からずっと聴き続けてきました。大事な仕事の前に必ず聴く曲もあって、たとえば椎名林檎さんの『自由へ道連れ』はテンションが爆上がりするので、今日もこの曲を聴きながら歩いてきました。小説を書くときはいつも、登場人物ごとにプレイリストを作っています。
――それは興味あります! どんな選曲かぜひ教えてください。
一木:海果子ならレディー・ガガ様の『Born This Way』やAwichさん、ちゃんみなさん、Adoさん、ロスさんの『私は私!』っていう感じの強いメッセージの曲、あとは藤井風さんの『へでもねーよ』とか。日出樹は『Surges』のほかは渋めセクシーで、斉藤和義さんの『ずっと好きだった』、スピッツさんの『君が思い出になる前に』、大沢誉志幸さんの『そして僕は途方に暮れる』、あと森高千里さんの『渡良瀬橋』とか。詩伊は、米津玄師さんの『恥ずかしくってしょうがねえ』、シンガーズハイさん『Kid』、DUSTCELLさん『足りない』など。それから松任谷由実さんの『BLIZZARD』や藤井風さんの『風よ』のような、嵐のイメージそのままの曲が入っています(笑)。ただ、私は音楽を聴きながら書けなくて、執筆中はスマホの電源を切っているので、散歩する時に聴きながら頭の中でキャラクターの整理をしていました。
私自身が「踊るように生きよう」というモード
――後半で、海果子が『ボレロ』のメロディーに合わせて踊るシーンが出てきますね。タイトルの『嵐の中で踊れ』はそのシーンがヒントに?
一木:タイトルは最初に決まったんです。何の迷いもなく。『ボレロ』は、おおらかで揺蕩(たゆた)うような海果子のイメージにぴったりだし、全体を通して水の印象があるこの小説に合うなと思って書いていたのですが、たまたま同時期に『ボレロ』を作曲したラヴェルの映画をやっていて。観に行ったら『ボレロ』はもともと踊りのために作られた音楽だとわかって、繋がってるな、と思いました。
――『嵐の中で踊れ』というタイトルを何の迷いもなく最初に思いついたのは、何か理由があったのでしょうか。
一木:今、私自身が「自由に生きよう」「踊るように生きよう」というモードだからかもしれません。詩伊や日出樹のように、抑圧的に生きている人が精神的に解放される話も、その流れで自然と出てきました。
今は転換期なんだな、と感じます。転換期って、過ぎた後で気づくものだと思っていたんですけど、自覚できるんですね。だから、「みんな踊ろうよ! もっと自由にゆるく楽しく生きて行こうよ!」みたいな気持ちが強いです。
──それはやはり、タイと日本とのギャップが大きいからでしょうか。
一木:それもあります。タイの人は自分に緩いけど、他人にも緩いんです。エアコンの修理を頼んでも3日ぐらい平気で遅刻してくるけど、他人の間違いも許してくれる。暑い夏も、タイは道端に座って休んでいる人が多いけど、日本人は猛暑でも汗だくでスーツを着て、急いでいますよね。
真面目で我慢を重ねている日出樹のようなタイプは、私にとっての日本的な息苦しさの象徴なので、この小説でそれを崩してみたかったというのもありました。常に何かを我慢していたら人にも厳しくなりますし、イライラしっぱなしだと「ぶつかりおじさん」になっちゃいますから(笑)。
やりたくないことを手放して、自分を大事にできるようになった
──一木さんご自身が「自由に楽しく生きよう」というモードに変化したということは、その前までそうはなれなかった?
一木:そうですね。私はずっと、身近な大人の面倒を見る傾向がありました。そして庇う。悪く思われたらかわいそうだと思ってしまうんですね。私には妹弟が3人いるのですが、実家にいたときは、父が酔って暴れ出すと下の子たちの耳を踊り場で塞いだりいろんな世話をしていました。
そういうことが刷り込まれているから、気がついたら大人になっても「自分がしっかりしなきゃ」と思い込んでいたのかもしれません。でももう、いいんじゃないかと思って。自分のことも大事だよね、とようやく思えるようになりました。それも関係あるかもしれませんが、ここ数年は人との「距離感」がひとつのテーマなので、これからも書いていくと思います。
──そういう意味で本作は、距離をとれない避難所だからこそ生まれた物語ですね。ところで、一木さんが過去に区切りをつけることができたのは、何かきっかけがあったのでしょうか?
一木:明確な理由がいくつかあって、ひとつは本をたくさん読んだことですね。たとえば25歳の頃に読んだ『リカバリー』という本に、アルコール依存症の親を持つ機能不全家庭で育った子どもがどんな大人になりがちか、どう解決していくべきかQ&A形式で細かく書かれていて、ほぼすべて自分に当てはまったんです。でも今、その本を読み返すと、ほとんど当てはまらないんですね。
私が変われたのは、いろんな本を読んで、やるべきこととやらなくていいことを見極めて少しずつ手放してきたからだと思います。身近な人を庇っていたみたいに、心の底ではくるしいのに「やるべきだ」と思い込んでいたことをやらないように、やりたいことに意識を向けるようにしてきました。特に小説を書くことは、私にとっては治療ですね。
だから皆さんにも「書くこと」はお勧めしたいです。何かつらいことや解決すべき問題についてでもいいし、自分に起きたハッピーなことを書くだけでもいい。書くこと以外には、嫌なものを運んでくる人やものを遠ざけること。例えばスマホ。スマホは、良いニュースも連れてくるけど、依存や執着にもつながりますよね。そういう自分にとって気が重くなる嫌なものを、物理的に遠ざけるのも、自分を大事にするためには必要だと思います。
──この物語も、みんな大切なものに気づいていきます。一木さんが一番幸せになってほしいキャラクターは誰ですか?
一木:やっぱり小梅ですね。最初は小梅にボリュームを割くつもりはなかったのですが、書いているうちに熱が高まってきて、一番前を向いて進んでほしいと思いました。乗り越えてほしい。落ち込むこともあると思うけど、立ち上がってほしい。そんな思いを込めて書いたので、表紙のイラストが小梅になったと知ったときは胸が熱くなりました。コンプレックスに悩んでいる人だけじゃなく、正しさに疲れてしまった人も、家族の呪縛を背負っている人も、もっと自由に踊るように生きていいんだと少しでも思ってもらえたらうれしいです。
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