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塩田武士さん「踊りつかれて」 SNSが人を追い詰める情報社会の「手荒な説明書」

「踊りつかれて」を刊行した塩田武士さん

 物語は、ある男がブログに書いた「宣戦布告」から始まる。SNSの誹謗(ひぼう)中傷により命を絶った令和のお笑い芸人と、バブル期の週刊誌報道により表舞台から消えた歌姫という2人を追い詰めた人々を「重罪認定」して、個人情報をさらしていく。男は、なぜこの戦いに挑んだのか――。

 塩田さんは、誤報をめぐる連作短編小説「歪(ゆが)んだ波紋」を2018年に出した。読者の反響は得たが、情報について深く考えてもらうところまでは至らなかったと、反省が残った。SNSがインフラ化し、誹謗中傷が社会問題となる中、このままでは亡くなる人が増えるという危機感があった。SNSについての怒りや違和感についてメモし続けた。「今作は、SNSの手荒な説明書として受け取ってほしい。情報を公開することの重みをきちんと伝えたいと思った」

 無機質なデジタル空間に匿名で書き込むコメントの先には、生身の人間がいる。一人ひとりに、歩んできた人生がある。「質感なき時代に実を見つめる」とは、過去の「二児同時誘拐事件」を軸に据えた前作「存在のすべてを」でも掲げたテーマだ。

 「実在の人間であることの『すごみ』を意識すれば、誹謗中傷なんかしないのでは」。そう考え、物語の中心となる4人の人生を浮かび上がらせ、互いを尊重することで生まれる「人間愛」を描ききった。

 SNSは、物事の善と悪、白と黒を短時間で表出しようとする。より極端で、過激なものに流されていき、いつのまにかゆがんでしまう怖さがある。

 「本当の正しさって、人間には扱い切れないものだと思いますよ。白でも黒でもないところで、バランスを取るためには、常に思考停止に陥ってはいけない。めんどくさいけれども、やらなきゃならない。我々は一人で生きているわけではないから」。時代が変わっても、人は人をうらやみ、傷つけたくなるほど憎む弱さをもっている。その究極が戦争だ。

 作家、塩田さんにとって一番大切なのは、「虚と実」のバランスを取ることだ。「細部を徹底的にこだわることで、はじめて読者が虚と実を行ったり来たりできる。その境界があいまいになったところに、我がこととして物語を捉える瞬間が出てくるのが、現代小説ではないか」

 物語の基礎となる「実」に近づく時には、新聞記者時代に培った取材力が生かされている。今作では、SNSの実情に向き合うことはもちろん、舞台の一つとした九州の街を訪れたり、お笑い芸人に話を聞いたりしたという。手間暇かけるのは、消費されるのではなく、30年は残るような小説を書きたいからだ。

 AI(人工知能)によって、私たちを取り巻く情報環境は変化し続け、どう人間性を保つかが問われている。だからこそ、リアリズムとリリシズム(叙情性)の間に立って、人間的な物語を描くことが作家の役目だという。「きちんと現状と人間を描く作家がいて、それを読んで共感する読者がいるということは希望ではないか」

 かつて松本清張や山崎豊子は戦争を背負った作家だった。「私たちは戦争のない時代に生きているけれど、これからの情報の使い方次第では、また戦争を背負う作家が出てくる可能性がある。あふれている情報を正しく受け取って、使うことが、中心的な課題なのかもしれない」(堀越理菜)=朝日新聞2025年6月11日掲載