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総集編 文学の種はすべての町に 文芸評論家・斎藤美奈子

『成瀬は天下を取りにいく』の舞台になった西武大津店。2020年8月末に閉店するまでのひと月が描かれる=20年1月、大津市

 ディスカバー・ジャパンという旧国鉄のキャンペーンが始まったのは1970年だった。10代の頃、駅で見たそのポスターが日本の旅に憧れた最初の機会だったと思う。

 元祖ディスカバー・ジャパンというべきは地理学者の志賀重昂(しげたか)による明治の名著『日本風景論』(1894年/岩波文庫など)だろう。この中で志賀は〈全国表土の五分の一は火山岩より成る、これ日本の景物をして洵美(じゅんび)ならしめたる主源因〉と書いた。「洵美」とは「まことに美しい」の意味。地域ごとの動植物から気象や地形まで、こと細かに記したこの本は、まさに日本を「発見」させ、大ベストセラーになった。

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 それには遠く及ばないものの「ディスカバー・ジャパン文学」の精神で、2022年4月から26年5月まで、月に1度、4年余りにわたって47都道府県にゆかりの文学作品を読む連載を続けてきた。

 毎回6~10作を取りあげるのは詰め込みすぎだと思ったが、それでも紹介しきれなかった作品は多い。涙をのんで掲載を見送った作品の一部を紹介しておきたい。

 地方を舞台にした作品には大きく2タイプある。(1)外に出ていく系と(2)外から入ってくる系だ。

 作家の自伝的作品の多くは(1)。主人公は「いつかこの町を出てやる」と念じながら少年期をすごし、お約束のように故郷を去る。

 愛知県の横須賀村(現西尾市)で生まれ育った尾崎士郎の自伝的小説『人生劇場 青春篇(へん)』(1935年/角川文庫)は序盤から引き込まれたが、岡崎の旧制中学を出た彼はとっとと上京してしまう。「まだ行くな、もっと地元で粘れ!」と一読者にすぎぬ私が叫んでも声は届かず、最終的に採用は断念した。

 青森県出身の寺山修司もできれば取りあげたかった。が、青少年時代を回想した『誰か故郷を想はざる』(1968年/角川文庫)は〈東京へ行きたい〉という思いが強すぎて期待したような青森感に乏しく、迷った末にリストから外した。

 夏目漱石三四郎』(1909年/新潮文庫など)以来、立身出世と上京はワンセット。文豪が概して故郷に冷たいのは宿命だろうか。

 その点、(2)外から入ってくる系はご当地文学度が高い。川端康成『伊豆の踊子』や『雪国』が代表選手だけれども、旅人以上にありがたいのは移入者だ。親の都合で転校してきた子どもや、都会で夢破れてUターン、Iターンした若者たちは「旅する文学」の友である。地域を見る目が変わる過程が新鮮で、連載中も数々の良作に助けられた。

 逆に土地の個性を優先したため掲載をあきらめたのは(1)でも(2)でもない「住み続ける人」の物語だ。

 北海道室蘭市と思(おぼ)しき町などを舞台に小学生の少年とシングルマザーの母の暮らしを描いた長嶋有猛スピードで母は』(2002年/文春文庫)とか。新卒で入った会社を辞め、契約社員として奈良市内の実家から工場に通う女性を描いた津村記久子ポトスライムの舟』(2009年/講談社文庫)とか。

 そこにあるのは、どこの町でもありそうな「地方都市の暮らし」である。右の2作が芥川賞を受賞したのは、今にして思えば地方の復権が求められた時代にも合致していた。

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 当該府県を先に掲載してしまったために、取りあげるチャンスをみすみす逃した作品もある。

 滋賀県の自虐的なイメージを逆転させた大ヒット青春小説、宮島未奈成瀬は天下を取りにいく』(2023年/新潮文庫)が出版されたのは、悔しいことに、滋賀編(23年1月)の掲載2カ月後だった。

 又吉直樹生きとるわ』(2026年/文芸春秋)は織田作之助『夫婦善哉(めおとぜんざい)』以来の「あかんたれ」の系譜を継承する王道の大阪文学で、大阪編(25年2月)の掲載前に出ていたら取りあげたのに……。

 とはいえそれは、地方を舞台にした作品が絶えず生産され続けている証拠でもある。過疎、高齢化、財政難。地方の町を取り巻く現実は厳しいが、すべての町に文学の種は眠っており、そこには必ず発見があるはずだと私は確信している。

 4年間お付き合いいただき、ありがとうございました!=おわり=朝日新聞2026年6月6日掲載

   

連載完結を記念し、トークイベント

 読書面の連載「旅する文学」が47都道府県を「踏破」しました。これを記念して、作家LIVE「斎藤美奈子さん『旅する文学』を振り返って」を7月1日夜に開催します。ご当地文学の魅力や執筆の裏話などを斎藤さんが語りつくします。イベントの模様は後日、YouTube「好書好日チャンネル」で配信予定です。
 7月1日(水曜)午後7時から、朝日新聞東京本社読者ホール▽申し込み締め切り6月21日(日曜)▽定員100人(応募多数の場合は抽選)▽参加費無料▽募集ページ(https://que.digital.asahi.com/question/11019195)などから、朝日IDに登録のうえお申し込みください。

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 「旅する文学」は今冬、朝日新聞出版から単行本として刊行予定です。